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第53話 決戦の土曜日!
莉子はエルフ語が書けない。
自分の名前ぐらいはと、エルフ語で書く練習をしているが、『リコ』と書くだけでいくつの線を引けばいいかわからないほどだ。
ちなみに出来上がった文字は、絵にしか見えない。
「リコ、エルフ用のメニュー表は順調だ。ただ手書きが慣れなくて、苦戦しているが……日本語の方が、ずいぶんマシだな」
そう言うのも、向こうの世界では、ペンを持って言葉をイメージするだけで、文字が紙にハンコのようにスタンプされるという。
日本の漢字のほうが、線が少なく書きやすいという始末。
「紙に魔力がなくてペンが使えないなら、紙に魔力を宿せばいいんじゃ?」
「紙は薄いだろ? 定着が薄くて、書けても数分で消えてしまうんだ」
「へぇ〜。それなら、暗号遊びができますね!」
「リコはポジティブだな」
そんなやりとりをくりかえしつつ、どうにか準備を進め、土曜日を迎えた。
水曜日の朝以来、エリシャの来店がなかったため、向こうの動向は全くわからない。
探りを入れようにも、連絡先をしらないという状況があり、ほぼ妄想で人数を予想し、準備を進めてきた。
「今日はドリンク、ばっかばっか出るんじゃないかー?」
氷水をはったボックスの中に、ドリンクを差し込むのはケレヴだ。
瓶ビールはもちろん、ハーフのスパークリングワインもある。
本日の気温は30℃越え。夕方を過ぎた今も暑さが残っている。
「白もつっこんどいて、赤もそれぞれで注いでもらうか」
「そうですね。それの方が楽チンですし」
……というのも、繰り返すが、今日は人数が、全くわからない!
そのため、立食スタイルとし、ドリンクはワンコイン500円で対応だ。
外へ出やすくするためにテラスも解放、外にも席を設けてはいるが、そこまで人が入るかどうか。
「どれくらい来るかイメージがなぁ……。チケット制にすればよかったな」
イウォールの声に、トゥーマが笑う。
「それだってわかんねーし。ま、30はかたいから、向こうも合わせて70ぐらい見とけば余裕じゃね?」
「まーた、トゥーマだったら無責任に」
「オレだって半分協賛してるし、いいじゃんよ。余れば店に回せば良いし。あ、リコ、テーブルセッティング、できたぞ」
「ありがとうございます。……よし! あとは料理の仕上げで大丈夫そうですね」
時計を見ると、あと1時間の猶予だ。
莉子はいそいそと厨房へ戻ると、大皿を抱えて戻ってきた。
「さ、戦の前の腹ごしらえですよぉ」
そこには大盛りのパスタと肉団子が転がっている。
巷では『カリオストロパスタ』という名前がある、トマト味のミートボールパスタだ。
莉子アレンジでたっぷりとチーズがかかり、それがパスタの熱で溶けてより美味しさを誘ってくる。よく見ると、玉ねぎのほかに、しめじ、マッシュルーム、舞茸など、キノコもふんだんに使われているので、これは間違いなく、味が深い。トマトソースは莉子の手作りでもある。濃厚なトマトソースはバジルが効いて、ソースだけでもおいしい代物だ。
テーブルにドンと置き、それぞれに皿とフォークを装備したとき、唐突に扉が開かれた。
「私が来たわー!!!! 今日の勝負、私の勝ちよっ!」
そう叫ぶのはエリシャだ。
さらに彼女の後ろに、透けるような水色の髪をした女性がいる。青い目と髪の毛が特徴的の彼女は、周りに小さく会釈をした。
「ちょうどよかった、エリシャさん。今、賄を食べるところで。ぜひ、お2人もどうぞ」
「リコが作った食事が食べれるなんて! カーレン、彼女の料理、めちゃくちゃ美味しいのよ。あ、リコ、彼女はカーレン。私の親友で秘密兵器なんだからっ」
「人手が足りなかったので、助かります。あたしが莉子です。よろしくお願いしますね」
「……カーレン」
カーレンが再び頭を小さく下げる。莉子がカーレンに向かって手を差し出すと、カーレンはおずおずと莉子の手を摘んだ。
握るのではなく、摘んだのだ。
どうしてかと思ったが、すぐにわかった。
手が氷のように冷たい。
「……っ! あ、あの、あったかいもの、必要です?」
「……大丈夫。氷の精霊だから」
「そうなんですか。わぁ……カッコいい……! 熱い食べ物とか平気です?」
「……問題ない」
「そうですか。でも、お皿を手で持ったら料理冷めちゃうから、小さなトレイに乗せましょう。ちょっと待っててくださいね」
莉子が甲斐甲斐しく準備し、パスタを手渡す姿に、男エルフたちは茫然と見つめている。
「ほら、みんなも早く食べましょ?」
「そうだな。料理の仕上げもしたいしな」
莉子の声に動き出すエルフたちだが、どうもぎこちない。
どうしてか不思議に見ていると、イウォールがさらに続けた。
「食べながら聞いてほしい。エリシャはマークの確認と集計。それの補助として、アキラ、頼むよ。ドリンクの手渡しは、トゥーマと、……ん、カーレン、で頼む。私はリコと料理を。ケレヴは厨房の料理とドリンクの補充を頼む」
「私、リコと料理か、カーレンとドリンクがいいわ」
「魔力が高い者しか、エルフかどうかは見分けられないだろ? それができるのは、私かエリシャだけだ」
「じゃあ、私が料理するから、イウォールが集計してよ」
「お前、料理できないだろ……」
ぼそりと言ったケレヴの声に、エリシャが声を張り上げる。
「ちょっと! 何百年も前の話、出さないでくれる?」
「そんな数百年で、お前の料理の腕が上がるとは思えないから言ったんだ」
「うるっさいわね! 少しはマシになってるわよ!」
「マシじゃダメなんだっての! ここは店だぞ!」
ガーガーと怒鳴り合う2人の間に入ったのはカーレンだ。
「……エリシャ、だめ。エリシャ、集計して」
「もう、カーレンが言うならしょうがないわ」
カーレンの動きに合わせて、男エルフたちが驚きの表情をするのが面白い。
……が、理由がわからない。
「あの、なんで」
声を上げたとき、スマホのアラームが鳴る。
20分前のアラームだ。
「イウォールさん、料理の仕上げ、入りますか」
これから、全く不透明で、予想がつかない戦へと突入する──!
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