第56話 続・エルフ祭り 最終日

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第56話 続・エルフ祭り 最終日

 バタバタと始まった2日目。  やはりデザートメインなのもあって、女性同士で来られたり、それこそ莉子の予想通り家族づれもいる。小さな子どもの来店は、騒がしいが、微笑ましい光景だ。  ドリンクをカウンターでも提供できるように準備していたのが功を奏した。子どもたちが親とはぐれることなくケーキを取り、ドリンクを選べ、楽しそうに過ごしてくれている。 「おねーさん、じゅーす」  5歳ぐらいの女の子だ。莉子を見上げ、グラスを差し出した。  エルフと人のハーフだからか、人間の子どもよりも体格差があるとは聞いている。  言葉づかいから、3歳ぐらいにも感じるが、体格は4歳児でも通じるほど。  これは『こども』というくくりで対応しようと、莉子は切り替える。  莉子は目線を合わせて、グラスを受け取ると、 「なにがいいかな?」 「おれんじ」 「ちょっと待っててね」  オレンジジュースを新しいグラスに入れて手渡したとき、この子の父親だろうエルフが莉子の前に立った。 「ユナちゃん、この人からもらっちゃダメ」 「なんでー?」 「もうすぐ向こうに帰るんだから、なにか菌をもらったら困るでしょ」  エルフ語だから通じないと思っているのだろう。  莉子は無表情で見ていた。  彼の母親は人であるのにかかわらず、それをにこにこと眺めている。  自分の妻は神聖な人で、それ以外は、いや、彼をとりまく人以外は、雑菌のようなものなのだろうか。  莉子が背を向けると、もう一度声がした。 「やっぱ、人の店はダメね。エルフへの気配り、足りないもの」 「ホントだな。せっかく来たが、拍子抜けっていうか」 「期待しすぎたのかもねー」  エルフ語だ。  だが、莉子には理解できてしまう。  拳を作るが、この怒りをどこに逃がせばいい……!  みんなで作り上げたこの空間を貶す言葉は、絶対に許せない。  莉子自身の、人への差別であれば、軽蔑という方法で否定すればいい。  だが、今日まで準備をしてきたエルフの仲間に対して、それはない。……それはないだろう!  莉子が振り返ったそのとき、たまたま外からドリンクを取りに来ていたカーレンがいた。  だが、その家族を、じっと睨んでいる。 「……昨日のお客様、料理に色がついてるって喜んでた。お前ら、なに見てる」 「へ? 店員さん、なに言ってんの?」  父親が立ち上がるが、カーレンは怯まない。 「……料理に色があるだけで、あったかい。とっても美味しいって言ってた。食器だって、エルフの目に優しいものになってる。みんな喜んでた。確かに至らないところもある。だが、それでも、喜んでた!」 「なに興奮してんの、店員さん……ちょっと、そこのお姉さん、止めてよっ」 「……リコ、来ないで。……許さない」  止めようと腕を伸ばした瞬間、それは起こった。  ───吹雪だ!  その男性にだけ雪が吹き付けられていく。  止めなければならないのだが、どうしていいかわからない!  子どもは泣きだすし、他のお客様は立ち上がり、距離を取り始める。 「カーレン!」  ぴしゃりとエリシャの声が響いた。 「ダメよ。ちゃんと言葉でやりとりしてっていったじゃないっ」 「……だって、こいつ、わかってない」 「わかってなくても、ダメなの」  エリシャはまるでいつものことというように言うが、男は雪を払いながらカーレンとエリシャに怒鳴りだす。 「なんなんだ、お前ら! 殺す気か!」  大声で騒ぎ立てるが、1人のエルフが怒鳴る父親の肩を掴む。 「やめておけ。彼女は精霊だ……」  その言葉に、怒鳴っていた男は慌てながら店を飛び出していった。母親と子どもを置いてだ。  それを追うように母親も立ち上がるが、母親の手を抜けて、子どもがカーレンに頭を下げた。 「パパがごめんね」 「……いい。……怒りすぎた。ごめん」 「ううん。ゆき、キレイ。おねーさん、スゴイね!」 「……ありがと」  女の子は最後まで手を振っていたが、母親は誘拐犯のように彼女を抱きかかえ、走り去っていった。  店内が静まり返るこの現状を、どうおさめればいいのか、莉子の頭がフル回転する。なのに、すぐにおかしい現実が始まりだす。  エルフたちが、カーレンの前にひざまづいていく…… 「……は?」  思わず声が出る莉子だが、読み取れない現実に莉子の頭がショート寸前!  いつの間にか横についてたケレヴが、息交じりに言った。 「精霊ってのは、俺らの世界じゃ神に近い存在なんだよ……俺も実は、最初ビビってた」  ケレヴはおどけたように顔を作ると、表用のドリンクを運んでいくが、莉子は1人、納得していた。 「なるほど、そういうことか……」  ───まず、エリシャがカーレンを連れてきた時点で、彼らはカーレンのことを『友人』として扱うことを決めたのだ。暗黙の了解で。  それでも最初は茫然と見ていたり、イウォールがカーレンの名を呼ぶときに、一瞬、空白があった理由が、精霊、だからだ。  次に、友人として気安く接することができるのは、トゥーマが適任。だから昨日のあの配置に……。  実際、カーレンも楽しそうではあったし、トゥーマも自然に接していた。というか、トゥーマの適応能力がすごすぎる。  そして、カーレンが精霊であることがわかるのは、力を使わないとわからない。  見た目は小柄なエルフなのだろう。  少しだけ、エルフ事情が見えてきた。  とはいえ、この崇める状況はどうしたものか……───  莉子が腕を組んで考えるが、莉子のひと言でどうにかできる状況ではない。  ちょっとした宗教観のような、そんな雰囲気に、言葉を切り出せないでいた。 「……やめて。エルフと同じ、異世界の人。すごくない!」  この状況を嫌がるカーレンだが、カーレンが嫌がることで、彼らが顔を上げるわけもなく……  ───パチン!  手を叩いた音だ。  それと同時に浮かび上がったのは、あの『アール』の文字。  青と赤の色が、ふわふわと流れ、交わり、踊るように、床を見るエルフ達の視線を上へと持ち上げていく。 「カーレン、店内が暑い。涼しくしてくれないか」  イウォールの声に、カーレンが氷の粒を舞い上げた。  鈴の音のような音は氷から鳴る。キラキラと窓から差し込む夏の日差しを浴びて、涼しげな光景が広がっていく。さらに体感温度も下がり、ひんやりとした空気が、なぜか気持ちを落ち着かせてくれる。 「さぁ、みなさん、まだまだデザートがあるわ! しっかり食べ尽くしてちょうだいっ」 「厨房にはまだ隠してある料理がある。食べてもらわないと出せないんだ。さ、どんどん召し上がって」  エリシャとイウォールの声が店内に、そして、外へと流れていく。  その声には魔力がのせられている。  胸にストンと落ちる、いい声だ。  つい、動き出したくなる、背中を押してくれる声……  とたん、カーレンを敬い、膝をついてたエルフたちがゆっくりと立ち上がり、席に戻ると、料理を取りに動き出した。 「魔法使いってすごい……!」  莉子が小声で感動していると、エリシャがまだぎこちない様子のカーレンへ声をかけた。 「カーレン、映画みたいに、雪だるま作ってちょうだい」  そういうと、カーレンが指で円を描いた。  すぐに見事な雪だるまが現れる。……が、もうこれは雪像だ。ミケランジェロが雪で作られている……! 「すごい……! でも、カーレンさん、店内だと溶けちゃう!」  駆け寄る莉子に、カーレンが淡く笑う。 「……大丈夫。……いる間、溶けない」 「カーレンさんがいなくなったら溶けちゃうってことでしょ? 無理! 無理です! ちょっと店が狭いしっ! もう、カーレンさんだったらぁ……あー……移動とかってできます?」  ひとり慌てる莉子だが、その様子がエルフには面白いらしい。  精霊がすることを『ダメだ』というエルフはいないからだ。さらには友達のようにしゃべる姿が新鮮なようで、若いエルフを中心に、カーレンへ話しかけ始めた。 「わぁ……みんな、カーレンさんと話すの楽しそう」  カウンターに戻った莉子は、ふと声をもらす。  そこ声にエリシャが笑った。 「エルフにとって、精霊との対話は、してみたいことの1つなの」 「そうなんですか! じゃあ、エリシャさんってすごいんですね」 「どうかしら」  エリシャは目を伏せた。 「カーレンが優しいのよ……」  たくさんの想いが詰め込まれているのがわかるひと言だ。 「さ、莉子、ケーキの切り出しをお願いしてもいいかな? 私はサラダの追加を作ろうと思う」 「はい、わかりました」  お祭りは、まだまだ終わらない。  そう、片付けまでが、イベントなのである──!
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