第59話 月曜日の中休み

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第59話 月曜日の中休み

 イウォールのスープの効き目はすごいもので、2時間経たないうちに疲労感が取れた以上に、心の底からやる気がわいてくる。 「イウォールさんのスープ、何入ってたんだろ……」  思わず呟いてしまうが、お祭りあとだからとヘルプに来てくれたアキラがその声を拾った。 「あのスープには、愛情がたくさん入ってますからね」 「それだけで? はい、ダウト!」 「ホントにそれだけですよ。……よし、テーブル片付け終わりました」  ランチタイムを終えた今、中休みを取ろうと、お店をクローズにしたところだ。  もうこのままクローズにしてもいいのではと、莉子の心は訴えてくる。  理由は、今朝の出来事だ。 「まさか、アイツ直々に来るなんてなぁ……」  グラスを拭きながら、トゥーマが眉間に皺を寄せている。美麗な顔が苦々しく歪んでいることから、よっぽどだ。 「私もそれは驚いたが、式典が近いのもある。国王が来る前に片付けたいのかもしれない」  イウォールは賄いの皿を厨房から運んできた。  今朝のスープはすでに鍋でテーブルに置いてある。 「イウォールさん、賄いありがとうございます。いい匂いがするー!」  莉子が顔を寄せると、イウォールは目を細め、トレイを傾けた。 「今日はオムライスですよ、莉子」  丸い皿には、薄い玉子で巻かれたご飯がある。ポテトサラダと、パセリが添えられ、彩りもいい。オムライスにかけられているのは、イウォール特製のトマトソースだ。玉ねぎや茸がたっぷり入ったトマトソースは、具材がゴロゴロしていて、ボリュームもある。 「な、イウォール、ライスは何味?」  ルンルンで聞いてくるトゥーマに、皿が差し出される。 「ちゃんとチキンライスだ」 「よっし!」  トゥーマは嬉しそうにスプーンを取り上げたが、その頭を小さく叩くのはアキラだ。 「嬉しいのわかるけど、ほら、スープとか配って」  莉子とイウォールも席に着いて、さっそくと食事の時間となる。  お昼が過ぎての賄いだが、今日も日差しが強い。  7月の後半に入り、夏の気配が強くなっている。 「トゥーマ、やっぱり、カラーのご飯は美味しいね」 「だよなー。色のない頃には戻れない。だからこそ、守んないと……」 「ありがとうございます、トゥーマさん、アキラさん。イウォールさんも」  莉子は小さく頭を下げるが、3人はいやいやと首を横に振る。 「はぁ……。明日の式典でここを空けるのは不安だな」  イウォールの声に、アキラも頷いている。 「確かにカーレンも来てくれますけどねぇ」 「オレ、抜けてここに来てもいいけど」 「ダメに決まってるだろ、トゥーマ」  イウォールが睨み調子に言うが、莉子はそれを聞きながら、口をへの字に曲げた。 「なんか物騒な雰囲気出さないでもらえます……?」  莉子がスープの具を口に運びながら言うが、3人は言葉に詰まっている。  それが余計にリアルで、莉子は少し喉が詰まる。 「リコ、明日はカーレンが来たら、絶対にドアは開けるなよ」 「トゥーマさん、真面目な顔で怖いこと言わないでくださいよ」 「いや、リコ、これは私も約束して欲しい。何をするか分からないのが、ラハだ」  イウォールの視線に、莉子は再び違和感を覚える。  だが、理由が分かった。  ───緊張だ。  凛とした、糸を張ったような、強い気持ち。  薄氷のように、少しでも触れると割れそうなほどの、繊細な空気──  莉子は皿の脇に置かれたイウォールの手に、自身の手を重ねた。 「イウォールさん、いつも、ごめんなさい……。あたし、なんもできなくて……迷惑ばっかり……」  イウォールは莉子の手を素早く握り直した。 「リコ、謝らないで欲しい。これは私が勝手にやっている事だ」 「でも、そんなに気持ちを張り詰めて……あたしがもっとどうにか動かなきゃいけないのに……」 「リコは私のことは、なんでもお見通しなんだな……」  イウォールは小さく溜息をつきながら、眼鏡を上げ直す。 「大丈夫だ、リコ。私が、絶対に、守る」  莉子はこの言葉の奥の意味が知りたかったが、聞くには重い気がして、言葉にならない。  ただ、トゥーマもアキラも強い視線で、大丈夫と頷いてくる。  それが莉子には、もう予想がつかない、大きなことが始まっているように感じてしまう…… 「なあ、リコ、夜の営業どうするよ?」  トゥーマの声に、莉子が動こうとするが、手が握られて動けない。  ついと見ると、 「リコの手は小さくて、少し冷たくて、本当に私好みだ」  どろどろに顔を緩めるイウォールを莉子は睨みつける。  だが、これすらもはぐらかされているようで、これ以上強く言い返せなかった。  ……が、ご飯が食べられないので、結局、イウォールの顎に莉子の頭突きが入ることになる。
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