第61話 式典当日

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第61話 式典当日

 本日、40年目の節目として、式典が行われる。  今日が祝日になっているのもあり、毎年、何かしらの交流イベントは行われている。  だが、節目の今年は、初めて異世界と繋がった国である【日本】が舞台だ。  今日の式典に合わせて、人間とエルフがこれまで歩んできた軌跡をたどれる博物館展示や、エルフをモチーフとしたマンガの展覧会、エルフが見ているこちらの世界展などなどなど、イベントは先週の金曜日から目白押しで行われている─── 「どう、リコ? エルフの民族衣装も素敵でしょ?」  言いながら厨房に降りてきたのはエリシャだ。  着替えるからと部屋から出された莉子とカーレンは、朝食の準備をしてエリシャを待っていた。  コーヒーをカップに注ぐ手が、ついとまってしまう。 「……わぁ……」  民族衣装とはいうが、美しく、そしてイメージ通りの、ファンタジーな服だった。  エリシャの体にピタリと吸い付く服は、アオザイに似た作りだ。だが、マントのようなものが肩から足首にかけて下げられており、さらに前には透けた布が下がっている。どちらも細かな刺繍がみっちりと描かれ、動くたびに煌めくのでとても綺麗だ。  エリシャの髪は、いつもアップにまとめられているのだが、今日はおろされ、編み込みがされている。前髪が編み込みでとめられているのはもちろん、細い三つ編みがこめかみから3本、後頭部に流れ、髪留めで留めてある。すとんと背中の中程まである髪が夏の日差しを浴びて白く光って、絹のようだ。 「エキゾチックな服ですね。すごく神秘的な雰囲気がします。髪型もきれい……」 「あらほんとに? じゃあ、今度はリコにも着せてあげるわ。カーレンはどう?」 「……布が多い服は嫌い」 「へぇ。じゃあ、カーレンさんって、むこうではどんな服着てるんですか?」 「……着てない」 「ん?」 「……着てない。精霊、形がないから……」  カーレンの言葉に戸惑っていると、エリシャは笑いながらマグカップを一つ取り上げ、立ったままコーヒーに口をつけた。 「おいし! そう、精霊はね、実態を表すことが少ないの。こうして顔を見せるのも珍しいの、すごく。だからエルフにとって、神に近い存在感なわけ」 「だんだんカーレンさんの存在がわからなくなってきました」 「……大丈夫。ここでは消えたりしない」 「そ、それならよかった。あ、もう朝食食べないとヤバイですね。運びましょうか」 「……うん。……エリシャ、この目玉焼き作ったの……食べてね」 「え? カーレンが作ったの? すごいじゃない!」  女子3人の朝食は、エリシャのおかげもあってか、楽しい時間になった。  イウォールとの、少し静かで大人っぽい朝とは違い、わいわいと喋る朝も悪くないと莉子は思う。  2杯目のコーヒーを飲み終えたエリシャは簡単に化粧を直していると、迎えの車が来たようだ。  黒塗りの高級車が店の前に静かに停まった。 「じゃ、行ってくるわね。あ、ちゃんと警報機、確認するのよ?」 「……任せて。リコ、守る……!」 「エリシャさんも気をつけて」 「ありがとう、リコ。頼んだわよ、カーレン。夜はそれほど遅くならずに帰ってくると思うから、夕飯は軽めのものがいいわ!」  エリシャを二人で見送るが、つい、莉子から、 「帰ってくるんですね」  こぼれてしまうのも無理はない。  昨日はなんだかんだで、夜中の2時まで起きてしまったのだ。 「……今日はパーティーさせない。早く寝る……」 「ありがとうございます。そうですね。ちょっと今日、眠いですし。……よし、午前中は明日のメニュー決めちゃいましょうか。午後から式典中継ですもんね?」 「……うん。……式典中継、見ようね」  カーレンも式典中継が楽しみなようだ。  見ながらつまめる焼き菓子でも作ろうかと思いながら、店に戻る2人だが、カーレンは公園の奥に潜む人影を見逃してはいなかった。
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