○番外編○ プレオープンという名の、宴会

1/1
前へ
/85ページ
次へ

○番外編○ プレオープンという名の、宴会

 戻ってきた日は夕方近かったのもあり、そのままし、翌日は仕込みをおこなった。  ひさしぶりの厨房に戸惑う部分もあったが、1時間もしないうちにいつも通りに動けたことに、莉子は喜んだが、体力がかなり落ちていることがわかった。 「さすがに3週間は長かったですね……」 「こちらとしては、もう少し休んでもよかったんだが……」 「いやいや! はぁ……この体の感じ、明日のプレオープン、筋肉痛で迎えそうです」 「なら、私特製のスープを、夕食で食べようか」 「……ね、やっぱり、そのスープ、なんか入ってますよね? 何入ってるんですか? ね? 無言が怖いんですけど! 怖いんですけど!?」  ──そんな翌日を終え、本日プレオープンとなる。 「今日の納品は、酒類と肉、あとは野菜……いや、全部ですね……」  莉子は発注書を見つつ、コーヒーを飲み込むが、苦い顔をする。  量の多い納品の日が実は嫌いなのだ。  冷蔵庫に入れるもの、冷凍庫にしまうもの、在庫を確認してからしまうもの、など、面倒だからだ。 「今日使う分ぐらいだろ。それほどじゃない」 「業者が4つ来るのが、心の負担です」 「……え」 「え、じゃないです。基本、2つ業者が交互に来るようにしてたんですよ、嫌すぎて」 「なかなかだな」  莉子はトーストを頬張りながら、時計を見上げた。 「ケレヴさんは何時入りですか?」 「今日は昼からだろ? だから10時ごろには来るそうだ。トゥーマも一緒だ。アキラはエリシャとカーレンを迎えにいくといっていた。あ、今日はセナも来るのか?」 「あいつも来ます。すっかりエリシャさんとカーレンさんと仲良しです。なんか、エルフの友達できて嬉しいみたい」  莉子がエルフ化したことで、少し環境に変化があった。  それは、近くにいる人に、エルフ語が翻訳されるということだ。もちろん、日本語がエルフ語にも翻訳もされる。  どうも莉子の魔力と、手のひらに残った髪留めの欠片の作用らしい。  コンダクターの至が持っている、魔力が宿った鈴。これも、至の周りにいる人間とエルフの言葉を翻訳する機能がある。だいたい半径15m程度とはいっていたが便利なものだ。  莉子はそれよりも範囲が狭いが店内程度であれば問題ない。  そういうことで、莉子を挟んでであれば、イウォールも人間と会話することができ、もちろん、セナもエルフと会話することができるのだ。 「リコ、食材に発注もれはなさそうだ」 「そうですね。納品まで、ちょっと待ちましょうか」  もう7月も終わり、お盆も過ぎたところ。  まだ夏の色は強い。  そこで、なにでおもてなしをしようか、イウォールと散々話し合い決めたのが、『バーベキュー』である。  外に焼き台を作り、そこでお肉を焼いてビールとワインをたらふく飲もうという、ちょっと手抜きなおもてなし。  ……ではあるが、夏に似合うのはバーベキュー!!!  焼き担当はケレブとなっている。  彼はバーベキュー奉行らしい。 「よ! カフェにお前らの顔があると、安心するな」  予想の時間よりも早く来たケレブが店に来るなり、イウォールと莉子を見て笑っている。  その後ろから大きな荷物を抱えてきたのはトゥーマだ。 「リコー、焼き台、どこに置いたらいいー?」  テラスを開くと、実は中庭がある。  林に囲われているが、その囲う林もカフェの敷地になる。  おかげで外からは見えない中庭だ。  庭の造りはイギリス式だと祖父はいっていたが、本当のところ莉子はわからない。  ただ土が見えないぐらいに植物が植えられ、それぞれ好き勝手に花が咲いている庭だ。季節ごとに咲く花が変わり、色も変わり、莉子のお気に入りでもある。  だが莉子は育てる才能が全くないため、月に1度、プロに庭の管理をお願いしている。この経費も実はバカにはならないが、自分ができないのだから、しょうがない。  ちなみに莉子は小さな頃、その中庭で、1人キャンプ、今で言えばソロキャンをした記憶がある。  カフェの経営の関係で、どこにも連れて行ってもらえなかなったからだ。  ただ、なかなかに面白かった。  蚊には、かなり刺されたが。 「こんな場所あったんだなぁ」  トゥーマが焼き台を設置しながら、炭を敷き詰めている。ケレヴはカフェ用の大きなパラソルを並べ、テーブル、イスとセッティングする後ろを、莉子が横切った。 「意外と広いでしょ? そこのテラスからしか出られない中庭なんですけどね」  莉子はイウォールたちにペットボトルの麦茶を手渡しながら、ぐるりと見渡した。 「リコ、ここも解放したらどうだろう?」 「そうですね……前向きに検討していきましょうか」  焼き台に炭を入れ終えたトゥーマが軍手を叩いた。 「よし、火起こしすれば、あとはオッケー」 「じゃ、炭はまだ早いから、ビールでも飲むかぁ。リコ、ビール」 「休日のオヤジみたいなの、やめてくれません? まだ10時にもなってないし、店内でジュース飲んで休んでください!」  軽食をつまみつつ、会話が止まらない。  いつも話したりしていたが、仕事がらみが多かったからだろうか。  笑って話す時間が少なかったようにも思う。  11時すぎたことで準備を再開。  ケレヴとトゥーマは火おこしを、莉子とイウォールはバーベキューの下処理などを進めていく。  12時にささしかかるころ、ドアベルが鳴る。  入ってきたのは、アキラとエリシャ、カーレン、それにセナだ。  莉子が迎えに出るなり、セナが莉子に抱きついた。 「莉子、あんたの能力を侮っていた……」 「なに言ってんの?」 「アキラくんとエリシャが通訳してくれたから、カーレンと喋れたけど、めっちゃ大変だった。めっちゃ大変だった!」 「2回言わなくてもいいし」 「いっつもあんたいたから会話に不自由してなかったんだな、って、改めてあんたの良さを理解したよ……」 「ホンニャクコンニャクみたいな役割じゃない、それ」 「さ、莉子、私のそばから離れないで!」 「いや、カフェぐらいは大丈夫だし」 「そなの? じゃ、外、先行ってるわー」 「慌ただしいやつ……」  莉子がどっと肩を落とすと、次に抱きついてきたのはエリシャだ。  それにくっついて、カーレンも抱きついてくる。 「私がきたわーーーー! リコのカフェが再開するのね! 楽しみにしてたの!」 「……楽しみにしてた……今日、すごく楽しみだった……」 「エリシャさん、カーレンさん、ありがとうございます。もうお肉の準備してますから、早速始めましょうか」  莉子がテラスから中庭への移動を案内していると、後ろではアキラがイウォールの手伝いをはじめている。 「マスター・イウォール、これ運べばいいです?」 「すまない。こっちのサラダも頼む」  早速と、乾杯も適当に開始したバーベキューだが、男性陣と女性陣で分かれた席となっている。そのテーブルを挟んで焼き台がある。  イウォールは滝のように汗が流れるからか、常にビールを片手に肉を焼き続けている。  その焼き台の前に並ぶのはカーレンだ。  皿を持って待つ姿は可愛い。  だが、カーレンのせいなのか、火が弱くなりやすいようで、ケレヴは調整が難しそうにしている。  それを見かねてトゥーマがカーレンの皿を取ると、 「カーレン、席に運んでやるよ。座ってろ」 「……お肉、選びたい」 「どれも同じだって」 「……こっちのほうが、よく焼けてる……」 「お前、コゲ専? オレと同じじゃん! じゃ、よく焼けたやつ持ってく」 「……わかった。任せた……」  莉子は追加の肉を運びながら、あの2人、いい感じね。と眺めていると、エリシャに腕を引っ張られる。 「リコも座って! お話しできないじゃなーいっ」  今日は店主とお客の垣根はないことになったようだ。  それぞれに動き、それぞれに食べて飲む、という自由型になってしまった。  莉子とイウォールもそれに甘えることにし、それぞれに楽しみだすが─── 「って、お前、ヤってねぇのかよ!」  ケレヴの声が響く。  同じく、セナの声も上がった。 「乙女か!? どこの乙女よ!!! 25だろ?」 「まだ24ですけど」  というのも、みな、イウォールと莉子の距離が縮んでいることに気づいていたのだ。 『大人の仲になったんだな……』  と思っていたからこそ、遠回しに、「部屋は一緒でしょ」と聞いたセナに、莉子が首を横に振ったことが発端だ。 「一緒に寝たりとか……」 「なんで一緒に寝るの?」  この台詞からの、乙女発言だ。  イウォールはイウォールで、 「私はケレヴとは違うからな!」 「……いや、お前さ、いくつよ? ちょっとは前進しろよ」 「いいや、そういうことは、婚儀を交わしたあとだろう」 「マジかよ! 古っ! つうか、それなら、異世界(むこう)に帰らなきゃだめだろ」 「それもそうだな……リコも異世界に行ってみたいって言っていたし、計画するか……」  その計画に、トゥーマとアキラの目が輝きだした。 「みんなでむこうに帰るの、楽しそうだね、トゥーマ」 「そうだな! 日帰りでもいいし。あ、リコには湖みせてやりたいなぁ」 「うちの領土の?」 「あったりまえだろ?」  莉子とイウォールはものすごい進展をしたと思っているのだが、周りにはまだまだ『じれったい』が続きそうだ。  夜は長い。  彼らのバーベキューはだらだらと続いていく。
/85ページ

最初のコメントを投稿しよう!

83人が本棚に入れています
本棚に追加