64人が本棚に入れています
本棚に追加
/69ページ
上から下…
上から下…
1回…
2回…
小さな石のカタマリを撫でる。
むぎのいる世界と、俺がいる世界は、この石を隔てて違う世界。
ばらばらの世界だ。
ばらばらの夢を見たから?
むぎの遺した最初の女の子に、気づいてもあげられなかったから?
大事にしてあげられなかったから?
俺は毎日飯食って、嫌なことばかりの世の中で、嘘ついてニコニコして、きれいごと並べて、たまに感動して、だれかを幸せにしてるっぽかったりもして、なんとか必死に生きておっさんになってきてる。
むぎはもう、ごはんも食べないし、泣いたり笑ったりもしないし、年もとらない。
3かい…
あのさぁ…
飲みの場とかテレビとかで、面白おかしく最悪の失恋したとか悪口言って笑いとっててごめん…
むぎが、俺の前からいなくなったこと、悔しがればいいのにって、思ってたんだ。
もう二度と会わなくても、どこかで、俺のこと、思い出してりゃいいのに…って思ったんだ。
そんなことしても意味ないのに。
むぎは悔しがったりもしないし、俺のこと忘れるはずもないもんな。
同じだもんね、俺たち。
むぎが俺を置いて夢に向かって進んだことは間違ってないってわかってる。
むぎを嫌って忘れたかったのに、俺はできなかったよ。
俺を嫌って忘れたくても、むぎにもできなかったんじゃないかな。
同じだったよね、俺たち。
4かぃ…
俺さぁ…
あのあとM-1出たんだぜ。
子供番組のレギュラーもやって、いまは冠番組も持ってんだ…
今度…単独ライブで全国回るんだよ。
むぎが俺の輪っかの中でアリエナイことまくし立てるから、俺、笑って聞いてたけど、全部ほんとになったんだよ…
1…9…7…9…0…3…。
2…0…1…4…0…6…。
数字を呟いて…
引き算して…
答え出て…
溢れた…
35…
涙…
むぎって、今35歳なんだね。
俺、昨日の夜、むぎの旦那さんに、36歳おめでとうって言ってもらったよ。
抜かしちゃうじゃん…
ごかい…
「年の差って縮むよね。」
『そぉね…。いつか、時田くんに抜かされちゃうかもね。』
むぎの声は、今もはっきり覚えてる。
今日から3日間、時田くんの先生になります
長い人生の中でどうしたいのか、どうなりたいのか、自分次第なんじゃないかな…って思う。
てんとう虫見つけたとたんに、時田くんに、また、会えたから。
もう一個、覚えてるよ。昨日のこと…昨日、時田くんの彼女になった。
時田くんがいてくれたからだよ、ありがとう。
時田くん、おやすみ…
ろっかぃ…
涙をこらえる意味がわからなくて、流れるままに、拭いもしないで、雨より静かに足元に一粒一粒落としていった。
むぎ……
……………おやすみ。
7回目は数えられないまま…
小さな石のカタマリになったむぎを抱きしめた。
冷たくて、固いのに、おひさまのにおいがした。
すー…
はー…
返事いらないから一度だけ言わせて。
俺……
もう一度むぎに会いたい。
会いたいよ
会いたぃ…
…
……
………
返事してよ。
保健室で言ったみたいにさぁ。
それはできないよって、否定してよ。
ぅぁ…
ゎぁぁぁ…
涙は乾いた石に染み込んで、そそぐ陽の光に当たって、次々空に蒸発していった。
ポフ…ン…
7回…
8回…
しゃがみこんだ俺の背中を、島崎先生が優しく撫でてくれた。
上から下…
上から下…
「ひとりにしてっつった…」
「したでしょ。もうすぐタクシー来るし、飛行機の時間もあるじゃない?」
「……ですよね。ありがとうございます。」
「私、紬ちゃんのために戻って来たの。紬ちゃんは、自分がいないことを泣いてくれる人がいたら嬉しいと思うだろうけど……
泣いてくれる人の隣にちゃんと支えてくれる人がいればもっと嬉しくて安心すると思うから。
西野紬じゃなくて、宮坂紬を想って一緒に泣いてくれる人に会えて、私も救われたわ。ありがとうね。」
「帰りましょう…時田くんにも待ってる人がいるんでしょ?」
島崎先生は俺の腕をひっぱって立たせてから、ちっちゃい子にやるみたいに俺の顔に手を当てて、ぐちゃぐちゃの涙を拭って優しく笑って抱きしめてくれた。
むぎ…
俺、もう行くね。
ありがとうなのか
ごめんねなのか
わからないけど
俺は…元気で生きてるよ。
最初のコメントを投稿しよう!