2000年の3日間

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朝の開門は7:00。 部活の朝練開始は7:20。 朝の職員会議は8:20。 ホームルームは8:40。 部活のない生徒たちも8:00を過ぎると登校し始めるから、時田くんは誰にも会わずに済むようにもっと前に来る。  だから私の朝も部活の朝練並みに早い。  大学の授業は、ほぼ1限をはずしてるから、朝8:00なんていつもはほぼ夢の中にいるのに、7:00に門を開けるところから始まるこの3週間は、パンやさんよりお豆腐やさんより早起きなんじゃないかとさえ思う。 こんな大変な生活も、とりあえずは明日で終わり。  あとは教員試験を突破して、卒業単位も揃えて…念のため就職活動もしとかないと。 教員採用が叶うかどうかはまた別問題だ。 だから、それなりに明日からも大変だ。  ホワイトボードの昨日の日付や欠席者数を消して、使ったガーゼや絆創膏をストックから補充して…先生の仕事ってなかなか細々と煩わしい。  「はょ…むぎ早いね。」 ふわりと風が吹いて保健室の扉が開くと、細身の体の造りが目立つクタッとしたロンT姿の時田くんが入ってきた。 『声がちっさーいっ!そして挨拶は大きく元気よく!そうしたら、この先時田くんが何かしでかしても、“あの子は挨拶をしっかりするいい子でした”って言ってもらえるから!はい、おはよう!』 「……なんかしでかす設定やめろよ……………ぉはょぅ…。」 『ん~…まぁ、いいか。でもちゃんと“ございます”もつけてね。じゃあ机と椅子、取りに行こ。』 「俺もいくの?教室…。」 『私一人に運ばせる気?男のくせに…』 「だからそれ、NGワードぉ。」  くふくふと喉の奥で笑う時田くんが、ちょっとなついてきてる感じがしてかわいい。 今日も私服だからカレシ感がないわけでもないけど…。 私とそんなに身長は変わらないし、一重だし、バカだし、ガキだし、めんどくさいし、文句ばっかり言って私の少し後ろをついてくるだけだし。 ……ないない。  『今日はさぁ、課題のプリント終わったら英語の勉強兼ねて映画観ようよ。私が好きすぎてビデオ買っちゃった映画持ってきたから。』 「どーやって再生すんのさ…」 『ふっふっふ。さっきねぇ…無人の理科準備室から頂戴してきた。ポータブルビデオプレイヤー。』 「そんなことして平気なの?」 『平気平気。理科準備室って科学と物理と地学で合同じゃない?そのくせ先生同士の仲が悪くて鍵の管理しっかりしてないから管理がずさんで超余裕。特に地学の早瀬先生は備品の管理も雑だからプレーヤーひとつなくなってるぐらい気づかないよ。』 腰に手を当てて、ピースサインをしてみせる。   「むぎー。」 『はぁーい?』   「おま…ぁ、ごめん。むぎ、ほんと大丈夫?俺、心配なんだけど。」 『大丈夫大丈夫。早瀬先生だったら、私がこの顔で“ごめんなさいどぉしても借りたくってぇ…”って言えばちょろいから』  時田くん相手に、ちょっと眉を下げ気味にして、口をすぼめて、まばたき多めに上目使いにしてみせる。  「………いっっっちミリもかわいくねぇ。」 『子供にはわからんのだよ。』  教室に入る前、時田くんはまたあの生き急いで死に場所を探す廃退的なオスの目をみせたけど、教室がまだ無人なのがわかると少し表情がゆるんだ。 文句も言わずに私に椅子を渡して、自分は机を持って、ほんのすこし深呼吸をして教室を見渡してから廊下に出た。 私、そんなに女子キャラじゃないからこんな机と椅子、一人でだって運べるし、面倒だから保健室に置きっぱなしでもいいんだけど。 やっぱりさ。君の居場所は違うじゃない。 だからこんなめんどくさいプロセス踏んでるわけですよ。 たぶんそれ、わかってるからそんなに文句も言わずに一緒に来たんでしょ?  教室の空気に生気を吸いとられた時田くんは、保健室への帰り道は一言も喋らなかった。  島崎先生は、宣言通り会議室にこもって学校保健大会のための準備を始めたから、保健室には私と時田くんのふたりだけ。 職員会議で「今日の時田にやらせとけ」って言われて渡されたいろんな教科の課題プリントは、ぼやきまくる時田くんを完全無視してほぼ休憩なし、急かしまくりで片付けさせた。  「もぉぉ。頭から湯気出そう。俺2年生だよ?なんでこんな必死にやらされんのよ」 『あまったれんな。みんな授業受けてるんだから、もっと詰め込まれてんの!』 朝早く理科準備室からくすねてきたビデオプレイヤーをセットして、家から持ってきたビデオを取り出す。 『今日の英語はぁ…こちらですっ』   「あっ!俺それ超好き!!」 『…ぇ?』
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