2000年の3日間

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『…え?これ知ってんの?』 「これ大好き!親も好きだから、何回も観た。」 『……ええぇぇ…』 「ちょ……………っ…ぇ?また落ち込むのかよぉ。」 『だってこんな古いの知らないと思ってたんだもん。時田くん年齢詐称?違うやつにすればよかったぁ…』 「いや…あのさ…べつにさぁ…」  ぁ。 またあたふた始まった。 かわいぃ。  「あ、ほら…俺これすっごい好きだよ?何度でも観れるぐらい。いつも吹き替えで見てるから英語をしっかり聞いたことはないし…。だから観ようよ。」 『もう……………ぃぃょ…』 「あ~っ!もうっ!落ち込むのやめろって!…ぇっと、じゃあほら、違うやつってのは何だったか気になるよ?教えて?ねぇ。」 『私のバイブル』 「……ん?そんな映画知らない。」 『違うよ。ほんと英語知らないね。バイブルってのは聖書って意味だけど、すごく大事とか人生変わったとかそういうときに使う。』 「知らないし。」  スポスポっと室内履きを脱いで、時田くんの机の上に立って敬礼した。 腕を伸ばしたら天井に手が届きそうに高い。 「おわっ!…なんだよ危ねーよ!てか人の机に乗んなよ!先生だろ!」 『教科書なんかいますぐ破り捨てろ。』 「むぎ?」 『聞いて!いいとこなの!こうして机の上に立ち、思うのだ。常に物事は別の視点で見なければならないことを!ほら、こうするだけで世界がまったく違って見えるだろう。』  チラッと真下を見たら机の両端をぎゅっとつかんで、ぽかーんとしたまぬけ顔で時田くんは私を見上げてる。  『でもこれ、生徒が自殺する話だからやめたの。時田くんたまに自殺寸前みたいな目つきするじゃない?』  みるみる目つきが険しくなって、唇ゆるく食い縛ってる。 ほらまた、死に場所探してる。 一人で生きてるみたいな排他的鉄壁を建設してる。  『私………2分丈スパッツ履いてるから頑張ってもムダだよ?』 「……っ!み、見ようとしてんじゃねーわ!危ないから押さえてるだけだよっ!」 『そこからの世界も違って見える?ちなみに、水色ドットの真ん中リボンだよ…?』 「……ば…っ!…っか…」 『あーやだやだ。本気にしないでょ。そんな高校生みたいなダサいの選ぶはずないでしょ…っしょっと。』  ピョコンと飛び降りたら、保健室の床は冷たくて固くて衝撃が膝から上まで駆け抜けた。 学校ってのはなかなか痛い。   時田くんは何か言おうとして口をパクパクして、結局何も言えないまま、手際よくポータブルビデオプレイヤーをセットし始めた。 「俺その映画も観た。破天荒な先生のやつだ。」 『どっちもだめだったか。』 「それでむぎは破天荒な先生になろうとしてんの?」 ケースからビデオを出して、ふーって息を吹きかけて入り口にあてがうと、VHSはカタカタとプレイヤーに吸い込まれていった。  ふーって吹くの、ファミコンのソフトじゃないのかしら。  『んー。そうかもねー。』  始まりのシーン。 日常と全く違う、虚構の世界への入り口。 「ここのアングルいいよね」 『足の裏からってのね…』 「あとこの車の中の二人のさ…」 『あーわかる。なにも言わないしお互い見ないのに所作が合ってるところね。』 「俺幼稚園の時、ここの帽子ずらす仕草マネしてた。」 『幼稚園児が生意気ね。あ…っと、ここ!』  一時停止。 少し戻してまた再生。  「え?」  一時停止。 また戻して再生。  『ここが高校生の英語最大のつまづきポイントの過去分詞。ここはね……』 「え?むぎ、このペースで進めてたら終わんないよ?」 『…ぁ。忘れてた。』  バッグから取り出すクリアファイルと小さなタッパー。  『こちらの映画における、“宮坂紬の試験に出るかもしれない単語&言い回し集”をお納めください。……あとお供のキャラメルポップコーン。どうぞ。』  「これ…作ったの?」 『今日のお弁当のおかずが大学芋だからついでにね。だって、ポップコーンのない映画なんて前戯のないセックスと同じだって言うでしょ。』 「しらねーわっ!」  『あとここ!』 「また?」 『逃げてるこれ!この人、島崎先生に似てない?』 「似てねーよっ!」 『あれ…?』 「今度はなんだよ!進まねーじゃん!」  ガガガガ…ガガ…ギイィ  「ん?」  ガガガガ…ガ…  『壊れた。』 「えー!」  イジェクトボタンを押してみた。 ヴィーーン… ッチャ… よかったぁ。ちゃんと出てきた。見た感じ巻き込まれて傷ついたりもしてないし。  「むぎががちゃがちゃ操作しすぎなんだよ。早送りして止めて戻して再生してってさぁ…」 『行くよっ』  「…は?」  『理科準備室。昼休み始まったばかりでみんなお昼食べてるだろうからチャンス。来て。』 「なんで俺もいくんだよ!重たいもんじゃねーしひとりで行ってくれっ!」 『…見張りだよっ!』  時田くんの手首をぎゅって、連行するみたいに。 このとき初めて時田くんに触れたんだ。 初めて触った時田くんは、あったかくて優しかった。
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