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『…え?これ知ってんの?』
「これ大好き!親も好きだから、何回も観た。」
『……ええぇぇ…』
「ちょ……………っ…ぇ?また落ち込むのかよぉ。」
『だってこんな古いの知らないと思ってたんだもん。時田くん年齢詐称?違うやつにすればよかったぁ…』
「いや…あのさ…べつにさぁ…」
ぁ。
またあたふた始まった。
かわいぃ。
「あ、ほら…俺これすっごい好きだよ?何度でも観れるぐらい。いつも吹き替えで見てるから英語をしっかり聞いたことはないし…。だから観ようよ。」
『もう……………ぃぃょ…』
「あ~っ!もうっ!落ち込むのやめろって!…ぇっと、じゃあほら、違うやつってのは何だったか気になるよ?教えて?ねぇ。」
『私のバイブル』
「……ん?そんな映画知らない。」
『違うよ。ほんと英語知らないね。バイブルってのは聖書って意味だけど、すごく大事とか人生変わったとかそういうときに使う。』
「知らないし。」
スポスポっと室内履きを脱いで、時田くんの机の上に立って敬礼した。
腕を伸ばしたら天井に手が届きそうに高い。
「おわっ!…なんだよ危ねーよ!てか人の机に乗んなよ!先生だろ!」
『教科書なんかいますぐ破り捨てろ。』
「むぎ?」
『聞いて!いいとこなの!こうして机の上に立ち、思うのだ。常に物事は別の視点で見なければならないことを!ほら、こうするだけで世界がまったく違って見えるだろう。』
チラッと真下を見たら机の両端をぎゅっとつかんで、ぽかーんとしたまぬけ顔で時田くんは私を見上げてる。
『でもこれ、生徒が自殺する話だからやめたの。時田くんたまに自殺寸前みたいな目つきするじゃない?』
みるみる目つきが険しくなって、唇ゆるく食い縛ってる。
ほらまた、死に場所探してる。
一人で生きてるみたいな排他的鉄壁を建設してる。
『私………2分丈スパッツ履いてるから頑張ってもムダだよ?』
「……っ!み、見ようとしてんじゃねーわ!危ないから押さえてるだけだよっ!」
『そこからの世界も違って見える?ちなみに、水色ドットの真ん中リボンだよ…?』
「……ば…っ!…っか…」
『あーやだやだ。本気にしないでょ。そんな高校生みたいなダサいの選ぶはずないでしょ…っしょっと。』
ピョコンと飛び降りたら、保健室の床は冷たくて固くて衝撃が膝から上まで駆け抜けた。
学校ってのはなかなか痛い。
時田くんは何か言おうとして口をパクパクして、結局何も言えないまま、手際よくポータブルビデオプレイヤーをセットし始めた。
「俺その映画も観た。破天荒な先生のやつだ。」
『どっちもだめだったか。』
「それでむぎは破天荒な先生になろうとしてんの?」
ケースからビデオを出して、ふーって息を吹きかけて入り口にあてがうと、VHSはカタカタとプレイヤーに吸い込まれていった。
ふーって吹くの、ファミコンのソフトじゃないのかしら。
『んー。そうかもねー。』
始まりのシーン。
日常と全く違う、虚構の世界への入り口。
「ここのアングルいいよね」
『足の裏からってのね…』
「あとこの車の中の二人のさ…」
『あーわかる。なにも言わないしお互い見ないのに所作が合ってるところね。』
「俺幼稚園の時、ここの帽子ずらす仕草マネしてた。」
『幼稚園児が生意気ね。あ…っと、ここ!』
一時停止。
少し戻してまた再生。
「え?」
一時停止。
また戻して再生。
『ここが高校生の英語最大のつまづきポイントの過去分詞。ここはね……』
「え?むぎ、このペースで進めてたら終わんないよ?」
『…ぁ。忘れてた。』
バッグから取り出すクリアファイルと小さなタッパー。
『こちらの映画における、“宮坂紬の試験に出るかもしれない単語&言い回し集”をお納めください。……あとお供のキャラメルポップコーン。どうぞ。』
「これ…作ったの?」
『今日のお弁当のおかずが大学芋だからついでにね。だって、ポップコーンのない映画なんて前戯のないセックスと同じだって言うでしょ。』
「しらねーわっ!」
『あとここ!』
「また?」
『逃げてるこれ!この人、島崎先生に似てない?』
「似てねーよっ!」
『あれ…?』
「今度はなんだよ!進まねーじゃん!」
ガガガガ…ガガ…ギイィ
「ん?」
ガガガガ…ガ…
『壊れた。』
「えー!」
イジェクトボタンを押してみた。
ヴィーーン… ッチャ…
よかったぁ。ちゃんと出てきた。見た感じ巻き込まれて傷ついたりもしてないし。
「むぎががちゃがちゃ操作しすぎなんだよ。早送りして止めて戻して再生してってさぁ…」
『行くよっ』
「…は?」
『理科準備室。昼休み始まったばかりでみんなお昼食べてるだろうからチャンス。来て。』
「なんで俺もいくんだよ!重たいもんじゃねーしひとりで行ってくれっ!」
『…見張りだよっ!』
時田くんの手首をぎゅって、連行するみたいに。
このとき初めて時田くんに触れたんだ。
初めて触った時田くんは、あったかくて優しかった。
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