2000年の3日間

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映画やドラマでよく観るわりには現実世界で起こる気がしない…けどやってみたいことベスト3。  1.タクシーの運転手さん引きずり下ろして「ちょっと借りるね」ってカーチェイス 2.非の打ち所のない超素敵な憧れの先輩と冬山で遭難したら目の前にそこそこ設備の整った無人の山小屋   3.は、今実際やってるこれ。  姿勢低くして、無音の忍び足で曲がり角から様子を伺って、誰もいないことを確認したあと、ささっと渡って待ってる仲間にサムアップでこっち来いよって知らせるやつ。  はあぁぁ…  せっかく夢のひとつを叶えてる真っ最中だというのに、このミッション唯一のクルーである時田くんは、16歳高校2年の若さながら、とにかく非常にため息が多い。 姿勢を低くすることも、忍び足の無音にすることもなく普通にこっちに歩いてきた。  「生徒の俺が昼休みに廊下歩いても何の後ろめたさもないんすけど。コソコソするのは理科室着いてからでいーから…。」  『時田くんには、何気なくとおりすぎてしまうこの日々を面白がってやろう、って心意気はないわけ?…いい?私が教室側から理科準備室に入ってプレイヤー取ってくるから。時田くんはの入り口で目立たないようにしゃがんで、誰か来ないか廊下を見張っててね。』 「…んー…」 『good luck👍』 「…。」  シカトかぃ。  ま、いいけど。  壊しちゃったプレイヤーを準備室に横積みされてる山に戻して、見た感じいちばんきれいで新しそうなのを選んで取り替えて…  戻ろうと思ったけど…  このプレイヤー壊れてるから…  知らずに使って大事な教材のビデオとか、体育祭の記録ビデオとか再生して、ダメになっちゃったらシャレにならないから…  なんかこぅ…張り紙的な…このプレーヤー使っちゃダメだよってわかるようにしておくような…なんか使えるのないかな…  「…むぎっ!」 『…ん?』 「ヤバイ来たっ!」 姿勢は極限に重心を低くしたまま、すごい速さで近づいてきて、私の手首をつかむと、モップ2本とバケツしか入ってない清掃用具倉庫の中へ。  『誰か来たからって、通りすぎた後で出ていけばいいんだよ?べつに隠れなくても…』 「しーっ!来てるの、地学の早瀬だよ。」 『うそっ…理科室来ちゃう?』 「地層模型持ってたから、たぶん準備室に来る。」 『ヤバイじゃん…』 「しーーっ」  二人で向き合って、自分の人差し指で自分の唇を縦に封印して、倉庫の引き戸の隙間から災難と言う名の早瀬先生がさっさと用事を済ませて出ていくように念を送った。  「準備室まで運びますか?」  早瀬先生のあとから、もうひとつ地層模型と甘い声。  ぁ…島崎先生。なんで?  「大丈夫です。そこ置いといてください。あとは飯食ったら俺やるんで。」 「お手伝いしますよ?」 「大丈夫ですよ。」 「せめて準備室の前まで持っていきましょうか?」 「あー…じゃぁ、その準備室のドア前までお願いします。」  さっさと帰ればいいのに。 心拍数上がって心臓の音が聞こえちゃいそう。 時田くんも肩をきゅーって上げて体を硬直させて、眉も下げて困った顔してる。  「ね。島崎先生…?今日も…うち来る?」  来…たぁっ… 職員室のラブアフェアー。 この二人怪しいなぁとは思ってたんだよねぇ…  だめだ、ニヤついて笑っちゃいそう。 両手で自分の口を塞ぐけど、隙間から笑い声がちょっと漏れちゃう。 時田くんにしかめっ面の無音でシーってやられてるけど、だめだめ、楽しくて笑っちゃう。  「早瀬先生…宮坂さんに感づかれたら、やきもちやかれちゃいますよ?」  は? 私? ないないないない…  「宮坂?ないない。」  ほらね。  「でも、歓迎会の時お持ち帰りしたんでしょ?生徒が何人か目撃してて、保健室で噂話してましたよ?」 「あー。酒弱いの知らなくて飲ませちゃったから送っただけだよ。」 「ほんとかなぁ?」  「ほーんと。100%あり得ないよ。やきもちやいてるはどっちかなぁ…島崎センセ……っ…」  うわ。 たぶん今ちゅーした。 時田くんも目を見開いて私のこと見てウンウン…って頷いてる。 何してんの、学校で。 先生のくせに。 てゆーか書類作りたいからって本業ほったらかしてるくせに。エロ島崎め。  「ふふっ…宮坂さん、かわいそ。先生目指して一生懸命頑張ってるのに、憧れの先輩に100%ないって言われちゃうし…残り日数わずかなのに見切りつけられて問題児対応やらされちゃうし…これじゃ教職に対してトラウマになっちゃうわね。」    ちょ…っとまってよ。 早瀬先生のことが100%ないのはこっちもそうだからいいけどさ。 見切りつけられて? 問題児対応?  早瀬先生は嘲笑(あざわら)うみたいに鼻をフン…と鳴らすと、扉一枚隔ててもハッキリ聞き取れる声で言った。 「俺さぁ、宮坂みたいに、映画とかドラマ見て教師になる夢もって、暑苦しく子供の未来とか理想語るやつ、マジで消えろって思ってるから。」  私の体の中で、何か切れるみたいな、何か崩れるみたいな、聞いたことない音が聞こえた気がした…
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