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彼と彼女は対峙する
平川が再び女子生徒に声をかけられ輪に戻ったところで、俺は新川の方に目をやった。
彼女は友達と思しき女生徒たちと会話しているのだが、時折こちらの様子を伺うように見てくる。
「唯、どうかした?」
「……へっ?な、なんでもないよ!」
1人の女子生徒が新川の様子に気が付き声を掛けると、彼女は慌てたように前を向き直した。
彼女の行動を疑問に思いながらも、1つ確信があった。それは、
彼女は俺を知っている。そして—
俺は彼女を知っていた
◇◇◇
始業式というものは退屈で、ただただ時間の無駄遣いだと思う。周りの生徒達もだるそうにぼーっとして校長先生の有難いお話を右から左へ、左から右へと流していく。
「続いて生徒会長、五十嵐楓からの挨拶です」
進行役の生徒がそう告げると、生徒会長の思しき人物が壇上に上がり演台の前までゆっくりと歩いていった。そしてこちらを見渡すと、体育館の空気が変わったかと錯覚するほど、生徒達の視線は壇上へ釘付けになった。
演台の前に立っていたのは美女、もとい美少女であった。
まるで麦わら帽子を被り裸足で野原を駆け回るお嬢様のような。
はたまたガラスの靴を履き白馬の王子様の迎えを待つお姫様か。
一瞬でその場の視線を集めた彼女は、ゆっくりと辺りを見回し、再び前は向き直した。
「皆さん、おはようございます。生徒会長の五十嵐楓です。春休みは新学期へ向け有意義な期間にできたでしょうか。1年生は今日から高校生活が本格的に始まります。2年生は後輩ができ、3年生は最上級生となりました。特に3年生は受験も控えています。それぞれの学年が自覚を持ってより良い学校生活にしていきましょう」
挨拶が終わると、校長先生の挨拶の時とは比べ物にならない大きな拍手が鳴り響いた。当たり障りのない挨拶であったが、全校生徒の心に響くような声だった。
「相変わらず美人だよなぁ五十嵐先輩」
「お近づきになりてぇなぁ」
そんな声がちらほらと聞こえてくる。まぁあれだけの美人だ。色めき立つのも仕方のないことだろう。
「ありがとうございました。続いては—」
こうしてつつがなく始業式は終わった。
◇◇◇
その後教室に戻りホームルームを終えると、今日は解散となった。
部活に行く生徒、友達と寄り道して帰る約束をしている生徒、1人で教室を出る生徒。
もちろん俺は1人で教室を出る生徒の1人だ。
だが新川がこっちをチラチラ見てくる。
帰りづらいなぁ。
と、思いつつも俺は足早に教室を出た。
「ご、ごめん!今日は用事あるから!」
そういって後ろから新川が追いかけてくる足音が聞こえてきた。
うわぁ、めんどくせぇ。
そう思うと段々と歩く速度が上がっていく。
「ま、待って!」
後ろから新川が呼び止めようとしてくるが、俺は知らぬ存ぜぬを貫き通す。
しかし一階に降り、下駄箱に向かおうとした瞬間、腕を掴まれた。
後ろを振り向くと少し息を切らした新川がいた。
「ま、待ってって言ってんじゃん!」
「……や、俺を呼んでると思わなかったし」
嘘である。
咄嗟の言い訳だったのだが、
「そ、そっか。ごめんね」
そう言って新川は頭を下げてきた。
……罪悪感がやばいんだが。
「いや、俺の方こそ……」
そう言うとお互い申し訳なさが出て言葉に詰まってしまった。
静寂は好きだが沈黙は苦手なんだよ……。
「え、えっとね」
5秒ほど経つと、新川が沈黙を破り話しかけてきた。
「ひ、久しぶりだね、颯人」
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