彼と彼女の思い出は泡沫の夢

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彼と彼女の思い出は泡沫の夢

久しぶり。 俺を颯人と呼んだ彼女は、恥ずかしがりながらも嬉しそうに言った。 けれど、 「……」 俺はなにも答えなかった。 否 答えられなかった。 彼女はそんな俺を見て、段々と悲しそうな表情になっていった。 「もしかして、忘れちゃった、かな」 俺は今にも泣き出しそうな彼女の顔から逸らすように俯く。 「……すまん」 口をついて出た謝罪は、自分でも驚くほど重々しいものだった。はっ、と顔を上げると目に涙を浮かべた彼女がいて、 「……ごめんねっ」 そう言って彼女は俺の横を走り去ってしまった。 そんな彼女を横目に、ただただ立ち尽くすしかできない。 追い掛けて、本当のことを話せばそれで済んだのかもしれないのに。 俺は怖くなったのだ。 なにが怖いのかはさっぱりわからない。けれど話してしまえば、俺の中に残っている温かい何かが消えてしまうような気がして。 俺はしばらくその場に佇み、彼女が走り去った方を見つめていた。 その間、校庭から聞こえてくる部活動中の生徒達の声が、やけに大きく耳に響いていた。 ◇◇◇ 沈んでいた感覚が、ふとした瞬間浮遊感に変わる。 抗う気力もなくてその浮遊感に身を委ねていた。 ふと前を見ると、遠くに何か光のようなものが見える。 手を伸ばした瞬間、何かから後ろに引っ張られるような感覚がした。 どんどん光が遠ざかっていく。 それでも必死にもがいていた。 もがいてもがいてもがいてもがいてもがいてもがいてもがいてもがいて そして光は闇に覆われた。 ◇◇◇ 朝、始業のチャイムぎりぎりに教室へ入ると、新川が俺の席の右斜め前でクラスメイトと談笑しているのが目に入った。 彼女は教室に入ってきた俺に気づくと、少し戸惑った顔をしたが、その後何かを決心したように小さく「よし」と呟いた。 なんか嫌な予感がするなぁ、と思った途端新川が席を立ちこちらは歩いてきた。 あー、これ昨日のことでビンタとかされるんじゃねぇかな。 そんなことを考えながら来る衝撃に目を瞑っていると、 「お、おはよ!はや……あ、相田君。ど、どうしたの?目なんか瞑って。寝不足?」 ビンタ待ちです。とは言えないので、俺はずっと目を開けると、 「お、おう」 と挨拶した。 ……いやこれは挨拶とは言わないな。 そんな俺を見た彼女は、クスッと見惚れるような笑みを浮かべた。 「もー、それ挨拶じゃないよ?」 「す、すまん。んんっ、おはよう」 「うん、おはよっ。……それと、昨日はごめんね。あんな変なこと言っちゃって。昔の知り合いにすっごく似てたから間違えちゃった。ほんと、それだけ言いたくて」 彼女は申し訳なさそうに、少し俯きながらそう言った。 これに関しては彼女に一切の非はない。むしろ謝るのは俺の方だ。知らないとはいえ、あんな態度を取ってしまったのだから。 「いや、気にするな。人の顔なんて毎日うんざりするほど見るんだ。他人の空似なんて気にしてたらキリがないぞ」 俺は茶化すように言う。 それを聞いた彼女は先ほどと違い、小さく口を開けて楽しそうに笑った。 「あははっ、なにそれ。なんか面白いね、相田君って」 その無邪気な笑顔は、俺の記憶にいるはずの誰かにそっくりで。 そんな彼女に見惚れてしまっていると、始業のチャイムが鳴り響いた。 「あっ、先生くるよ。席つかなきゃ」 「……そうだな」 そう言って新川は自分の席へと向かっていった。 何かに吹っ切れたような彼女の背中を見て、俺は少しの安堵と同時に、胸を締め付けられるような感覚を覚えた。
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