2話

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2話

 少女との出会いを説明するより、まずは少女と出会うきっかけとなった話を聞いてほしい。  その日は休日で部活もなく、夕方まで幼馴染の妻橋の家でテレビゲームをして遊んでいた。妻橋はゲームが上手で一緒に格闘ゲームをして遊んではよく負けていた気がする。  その日も最終的に妻橋が僕に「しょうがないから妥協してやるよ」と女性キャラクターを選択していたが、結局「女性差別はんたいー!」と筋肉モリモリの自分のプレイキャラクターが吹っ飛ばされてK.O負け。お互い腹を抱えて笑ったのがいい思い出だ。  ひとしきり妻橋の家で遊んで家に帰り、隣家との境のブロック塀に自転車を擦らないように家の路地に停めて玄関に入った。  笑い疲れ切った僕は自室に籠もって寝ていると母に揺すぶられて目が覚めた。 「なに」  眠たい目で不機嫌に母を睨めば、母の顔は青くひどく真面目で、まどろむ僕はなんて大袈裟で真面目ぶった顔をしているんだとさらに苛ついていた。 「おじいちゃん、亡くなったって」  急に起こされてぼんやりとしている僕の脳。身内が死んだ実感がなかなか沸かず「そうなんだ」なんてしれっと答えていた。  先々週ほど前にじいちゃんは入院した。今となってはなんで亡くなってしまったのか分からないが、もう痰が絡んでも自力で処理出来ないのよなんて母は冷静に言っていた気がする。もっと詳しく母は教えてくれていたのだろうが、なにぶん思春期というのもは暗い話と真面目な話は素直に聞かないものだ。  一度、母とおばあちゃんとお見舞いに訪れた時にはもう、謎のチューブや酸素マスクは当たり前で、母やおばあちゃんが話しかけても呂律が回っておらず何をしゃべっているのか僕には分からない状態だった。       その光景は思春期の僕にとっては酷く、醜く辛いものだった。世間知らずの僕にとって泣きたくて仕方がない光景だった。  じいちゃんの目玉が僕を見て、何か短い言葉をつぶやくと不意に僕の手を握った。弱々しい、解こうと思えば簡単に解けそうな力加減だった。これが病人なのかと僕は優しく手に力を入れて握り返した。  皺くちゃな手の甲は冷たく、掌は暖かかったのか今となってはもう憶えていない。僕は笑って返していたが目は笑っていなかった気がする。少しでも眉間が緩むと泣いてしまいそうで、下唇を噛んでは視線をキョロキョロと病室内を見渡していた。じいちゃんの部屋が大部屋だったせいか隅のベッドで横になった骨折している中年と目があって恥ずかしかった。  じいちゃんの通夜は会館で行われた。親戚が帰り、狭い台所で皿を洗っている母のもとへ湯のみを持っていく。親戚たちの分の湯のみも運び終わり、暇を持て余した僕はじいちゃんに近づいて棺桶を覗いた。足元の近くで線香が静かに煙を燻らせている。  じいちゃんは鼻に綿を詰められて眠っていた。  その日は僕は明日学校を休める条件で仕事がある父の代わりに母と一緒に会館に泊まることになった。遺体と一緒という恐怖はまったくなく、テレビを見ながら無料で飲める自動販売機で色々なジュースを飲み比べして楽しんでいた。  次の日、葬儀も何事もなく無事終わり、僕と数名の親戚たちは昼を過ぎた頃に会館から火葬場へと各自移動した。  火葬場は独特の焼けた匂いがして香を焚いているのかとなるべく鼻呼吸をしなかった記憶がある。  じいちゃんが荼毘に付している間、僕は最近買ってもらった携帯を弄っていた。    焼き終わり、僕と母、父、おばあちゃんに数名の親戚が別室に案内される。 別室は香のかおりが一段と強かったのを憶えている。  骨になったじいちゃんが運ばれてくるとおばあちゃんは「お父さん……!」と声を上げてじいちゃんに近づいていく。母はそんなおばあちゃんの肩を抱きながら付き添っていた。  じいちゃんの姿を見た僕は、理科の骸骨模型を思い出した。良く見る模型が転がっているとしか思えなかった。人ではなく、物のが転がっているような人が亡くなった実感がこの時になってまた沸かなくなっていた。  拾骨時も箸先から伝わる模型よりも脆い骨の感触は人でないとさらに僕に思わせた。    それ以来、僕は死について考えるようになった。    
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