4話

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4話

 最初に出会った夢の場所は電車の中だった。  軌条を走る車輪の揺れる音が車内に響いてまどろむ僕の目はゆっくりと目の前の視界を捉えていく。  四人掛けの座席に座る僕は窓辺の位置に腰を下ろしていた。窓を覗くと見慣れた景色。外は曇っており、小雨の雨粒が窓に当たって濡れている。  窓枠についている台に肘を掛けていた僕はここでやっと自分が制服を着ていたことに気づく。車内を見渡し、座席に膝をついて後ろを振り返るも僕以外の乗客はひとりもいやしなかった。 「なにキョロキョロしてんねん」  振り返っていた僕の後頭から子どもの声がして肩が跳ねた。さばさばとした小生意気そうな声色だ。  モケットの生地に手を掛けたまま僕は声がする方へと振り返る。  小学生くらいだろうか、向かい合わせの座席には背凭れに全体重を預けた女の子が座っていた。赤いサスペンダースカートと靴がやけに目につく。トイレの花子みたいな服装にちょっと洒落に毛がついたような小綺麗さがあった。 「だれ?」    座席から膝を下ろして体勢を元に戻し、僕は少女に向かい合う。 「ーー!」  少女は自分の名前のを教えてくれたのだろうが、よくわからなかった。それは聞こえなかったのか、理解できなかったのか今となっては思い出せない。  少女の無垢そうな黒目がちの瞳が僕の目をしっかりと捉えていた。 「自分は?」  こってこての関西弁をたどたどしく話す子だった。  僕は少女に自分の名前を教えた。自分の名前を口にだすのは気恥ずかしい。 「ええ名前やん」  少女は大御所のような偉そうな佇まいで腕を組んで、口を尖らせて僕の名前を褒めてくれた。   「あんな、わたしな、おなか空いた」 「はあ……」  お腹をさする少女。勝手に食べにいけばいいじゃないか。 「少年の好きな食べもんってなに?」 「特にこれといってないけど」    僕の返事は少々棘があったかもしれない。まったく親はどこいったんだと、僕は面倒臭くなって苛ついていた。     車掌の駅案内もなく、電車は速度を徐々に落としていき見知った駅へと停車した。 「ほないくで」 「え?」  少女は立ち上がり、僕の袖口を握って電車を降りて駅の出入り口まで引っ張っていく。 「どこいくんだよ。ちょっと……」  小雨が僕と少女の髪と肩を湿らせていく。    特に向かわなければならない場所なんてない僕は少女のなすままに着いていった。  着いた先はファミリーレストラン。現実なら駅からまだ掛かる距離にあった筈だ。これも夢がなせるわざなのだろうと僕はどこか冷静だった。 「よっしゃ! 食べるで」  店の前で呆然と立ち尽くしていた僕の袖を再度少女は引っ張ると、つかつかと先頭を歩いていく。  店内はどうなっているのだろう。先ほどから僕と少女以外誰も見かけない。こんなんで料理なんて出てくるのだろうか。  少女は扉を勢いよく開けて店内へと入っていく。高音のカウベルの音が響いた。 「…………」  レジの前で一人の店員が待ち構えていた。青白い顔で挨拶も言わずお辞儀をする店員。案内されるがままに少女はその店員の後ろをついていく。  小さく金属が陶磁器に当たった音がやけに目立った。後ろを振り返るとスプーンでカップの中身を混ぜている誰かの後ろ姿が。  先ほどまで存在していなかったスーツを着た猫背の中年がそのカップを持ち上げて何か飲んでは新聞を捲る。その音に続くように客などいなかった座席にはフォークやナイフなど皿とぶつかる食器の騒がしい音や人の姿がさっきから居たと言わんげに佇んでいる。  だがそこに楽しみはなく。家族連れや友達、恋人同士と食事している筈のその光景からは話し声は一切聞こえてこなかった。    
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