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プロローグ
その日、私はずっと風に吹かれていたかった。
*
「誰もいないところへ行こう……」
独り電車に乗り、一度だけ家族と訪れたことのある海沿いの駅へ向かった。
海が見えるホームに着いたのは、夕方。まだ太陽は沈んでいない。風が強かった。膝丈の水色のワンピースが、めくれそうに揺れた。
誰とも連絡を取らなかった夏休み、友人と会わなかった夏休み、その夏休みが終わる日だった。
浜辺には、まだ学生達や家族連れがいた。誰もいない海で、ただ心をさらけ出したくて来たのに、と、知らない人達を鬱陶しく思った。
楽しそうに歩く学生らを横目で見て、
「……くそくらえ」
と、小声で言い、砂を蹴った。
「人間なんて……。糞くらえ!」
2度目の独り言は、少し離れた人に聞こえるくらい、わざと大きな声で言った。関係のない人にまで、毒を吐きたかった。浜辺を随分と歩いた。砂を蹴るように。一人になれる場所を求めながら。
夕日が沈んでいく。
周りにひとけがなくなった頃、岩場に着いた。一番大きな岩の影に座り、海をぼんやりと眺めた。
夕日に照らされた海は、眩しいオレンジ。
夏休み中ずっと押し殺していた感情を、海に向かって吐き出そうとした。口を開け、声を出そうとしたが、久しく話していなかったから、喉が閉まって声が出なかった。なんだか、それにも悔しくなって、立ち上がり、両手に拳を作って、もう一度、声を出してみた。
「ああ〜……」
声を出したら、抑えていた感情まで出てきて涙がポロポロと溢れた。
私は一人ぼっち。海も返事をしてくれない。
脳裏に蘇る、友人――奈津の顔。
高校1年1学期、終業式の日。奈津を含む仲良し3人と、校内の女子トイレに入った。途端、彼女らに睨まれた。奈津の手が私の胸ぐらをつかみ、押した。驚きのあまり声も出すことができないまま後ずさりし、私の背中は冷たい壁に、ドンっ、と当たった。
『凛虹、死ねっ!』
胸ぐらをつかまれたまま奈津に言われた突然の「死ね」は、耳に張り付き、夏休み中ずっと脳内でリピートした。急な裏切り。前日まで一緒に和気あいあいと、ドーナツを食べていたのに……。
「奈津! なんで? 小学生の頃からずっと仲良しで、親友だって、そう言ってたよね? 10年目だよ、奈津。あああああああーあーあ!」
泣きながら、膝から崩れ落ちた。ここなら、海の前なら、知り合いのいない場所なら、恥ずかしくない。浜の砂を掴んでは、叩き、掴んでは叩いた。
「あああああああああ! もう人間なんて信じない。いつか裏切られる。突然に。理由なしで。独りで生きる。独りで生きる、ずっと。もう2度と……」
そう言い、砂を掴み上げた。風が吹いた。掴んだはずの砂が、指の間から、あっけなくさらわれていった。思った。
「いつかこの命も消える。自動的に。この砂みたいに……」
必ず死ねるんだ、と思ったら、何故だか力が湧いた。拳をぎゅうっと握り、砂浜をガンと叩きつけ、もう一度、海を睨み、そして誓った。
「死ね、だと? 理由なしに? ……生きてやる! 生きてやる生きてやる生きてやる生きてやる!」
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