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10話「生・死・転生」
悠斗は日本人だという。しかし、お尻から生えた尻尾のリアルなこと。彼の動きに合わせて猫の尻尾のように揺れる動きはとても自然に見える。
「何ジロジロ見てんだよ」
振り返った悠斗に睨まれて雫と奏汰は同じように首を振った。
「それ、どうなってるの? 本物みたいに動くんだな」
にこにこしながら奏汰が尻尾の事について切り込み、雫は彼の横で少しどきどきしていた。
(そんな事、今聞いて大丈夫かな。また怒らない?)
振り返った悠斗と目が合って雫の肩が自然と跳ねた。
「ここで何してるんだ? 案内人は? 閻魔大王とか鬼とか死神みたいのはやってこないのか?」
天国にやってきたばかりの奏汰はその答えを知らず、知っているだろう雫へ目を走らせた。奏汰と悠斗の視線を一心に受けて雫は居心地悪く目を泳がせる。
「日が暮れるまで何も起こらない。夜になったら草原の向こうに川が生まれて、川を渡っていくだけよ」
そう、川を渡っていくだけ。それだけの事が出来ず雫は困っているのだが・・・・・・。
悠斗はふんと鼻を鳴らして浜と草原の際に腰を下ろした。そして、彼の表情が変わる。
「確かに・・・ここも変な所だな」
草原を眺める悠斗は花畑を見ていた。腰を下ろしたとたんに変化した美しい光景に彼の表情がゆるむ。
「どんな花が見えるの?」
「・・・秋桜」
雫が恐る恐るかけた質問に悠斗の声はごく普通のトーンだった。
「秋桜?」
悠斗の答えに奏汰はきょとんとしている。
「草原に足を着けてみるといいわ」
「何か起こるの?」
戸惑いながら奏汰も草原に立つ。
「おお! すげーっ」
奏汰の素直な驚きに悠斗が鼻で笑う。
「・・・てか、秋桜じゃないじゃん」
「何の花が見えるの?」
「ひまわり。ここぜーーーんぶ向日葵畑」
片手を大きく振って答える奏汰に雫は笑った。麦わら帽子と虫取り網を持っている奏汰が想像できる。
「え? もしかして皆違う花畑が見えるの?」
奏汰の質問に雫が頷く。
「向日葵・・・脳天気なやつが見そうな花畑だな」
悠斗の言葉に奏汰が言い返す。
「秋桜なんて女子みたいな花畑見てる奴に言われたくないな」
「何だと!?」
悠斗がぱっと立ち上がり和んだと思えた空気が一気に悪くなる。
「や、止めてよ」
悠斗の苛立ちを尻尾が如実に表し、怒った猫のように左右にぶんぶんと揺れていた。
「こ、ここも変な所って・・・・・・何処か変な所に居たの?」
ギロリと雫をひと睨みして悠斗が腰を下ろす。
「ゾンビとドラゴンが出てくるファンタジーな別世界」
「ゲーム?」
「異世界だよッ」
「リアル異世界イベントなんてあったっけ?」
どんどん食いついてくる奏汰に悠斗が苛つく。
「死んで生まれ変わったんだよ!」
悠斗が歯ぎしりして怒鳴った。
「そんな事言って、素行が悪くて地獄落ちしてたんだろ?」
悠斗の剣幕に一瞬黙った奏汰が手を叩いて茶化す。
「お前、殺されたいのか!?」
「もう死んでるしぃー」
「止めなさいよ!」
お尻ペンペンにあっかんべーをしそうな奏汰の背を雫が叩く。
「死ななくても痛みは感じるのよッ、マゾなら止めないけどッ?」
睨みつける雫に奏汰が肩をすくませて黙った。
(まったく何なの!? 1人は脳天気でもう1人はトゲトゲ、だから男子は子供っぽくて嫌よ)
香織や相沢とはもっと穏やかに時を過ごせたが、彼等とは夕方まで穏やかではいられなさそうにない。静かになったとしてもそれは険悪な冷戦になりそうに思えた。
雫が大声を出した後、彼女を間にして悠斗と奏汰が左右に分かれて座り黙ったまま時が過ぎた。案の定、ぴりぴりとした気配が居たたまれない。
太陽はやっと傾き始めたばかりだ。
「ねぇ、悠斗君」
雫のかけた言葉に悠斗は少し淋しさを覚えた。同じように君付けで呼ぶ友達を思いだし、今どうしているだろうかと気にかかる。
「・・・どうしたの?」
「何でもない」
わずかに陰った悠斗の表情を雫は逃さなかった。
「家族の事・・・心配だよね」
彼が意外な顔をする。
「家族・・・?」
「違うの?」
悠斗が擦れた笑いを見せる。
「家族かぁ・・・すっかり忘れてた・・・・・・」
遠く海を見つめる悠斗の目が海ではない何かを見ているように思えた。
「病気で死んだと思った次の瞬間には別の世界にいた。死んで悲しいとか、家族の事とか考えた事・・・無かった・・・」
悠斗は怒りと絶望を抱きしめて、過去に戻りたいという思いだけが心の大半を占めていた自分を思い返す。
(イレギュラー・・・)
雫は悠斗が彼女に引かれて来たイレギュラーなのだと確信して彼を見つめた。
「異世界って・・・、本当にあるの?」
今まで黙っていた奏汰が突然口を開いた。雫は奏汰を見てその目を悠斗へ向ける。
「あれを夢だと言われたらそんな気もするけど・・・でも、あった」
そう言って悠斗は右腕を握りしめる。
切り落とされた右腕の痛みを今も覚えていた。刺された胸の痛みも悠斗を驚愕の表情で見つめる皐月の表情も記憶に新しかった。
薄暗い洞窟の中で沢山の映像を見ながら怒りと妬み、そして羨ましさに苛立っていた自分が情けなく思えた。
(せっかく生まれ変わったのに、何であの世界を楽しまなかったんだろう・・・。地球では味わえない面白い体験が出来ただろうに・・・・・・)
「その尻尾は、異世界の名残?」
(またそんな事に触れる!?)
奏汰の何気ない質問に雫は肝を冷やす。
「・・・・・・ああ、そう。俺、ドラゴンだったんだ」
「ドラゴン!? かっけー! 何ドラゴン? 火とか吐けるの? 飛べる?」
子供かと思うほどの質問の連打に雫は呆れた顔で奏汰を見つめた。
「飛べる、飛べた・・・かな?」
「火は? 火は?」
「知らない、やった事ないから。でも、瞬間移動は出来た。時空ドラゴンだったから」
子供のように目をきらきらさせて奏汰がわくわくと悠斗を見る。
「何それ、どんなドラゴン?」
「時間と空間を司るドラゴンで・・・」
そこまで言って、悠斗は自分のしでかした事を思い出して黙り込んだ。
「どうしたの?」
「何でもない・・・もういいか?」
「どんな世界だったか教えてよ。空に島が浮いてたりとか、滝が下から上へ流れる世界だったとか何か別世界の面白いこと教えてよ」
悠斗は奏汰と目を合わせずそっぽを向いて嫌そうな顔をしていた。
「別に・・・ただ、ゾンビがうじゃうじゃいたってだけだよ」
「え? ゾンビがいるファンタジー?」
雫はまだ聞きたそうにしている奏汰の服を引っ張って座らせた。この表情は後悔だ、雫はそう思った。
(何があったんだろう・・・)
気になったが踏み込んではいけないことのように思えて雫は黙り込む。
「異世界かぁ・・・いいなぁ、俺も次は別の世界に生まれたいな。凄く力のある勇者になって沢山の褒美もらって、豪華な家に住んで母さんに楽させてあげたいな」
「勇者になって名をあげるより、最初から王子に生まれる方が手っ取り早い」
のんきに明るい未来を語る奏汰に対して、悠斗が俯いたままぼそりと言った。
「そうだな、お前頭良いじゃん」
奏汰の言葉に気恥ずかしそうな悠斗が言葉を続ける。
「親より先に死んでるから、同じ親の子に生まれるか謎だけどな・・・」
「あぁ・・・そこな」
奏汰が苦笑いして頭を掻く。
その後はまた沈黙がやってきて、3人で海を眺めていた。
彼等が見つめる海面に、時折人が現れては砂浜に上がって来るのを何とはなしに見ている。相変わらず死者はやってくる、昼夜関係なく。
「海から人がやってくるんだな」
悠斗が独り言のようにそう言った。
「潜ると自分の居た世界が少しだけ見えるよ。見えるのは家族だけかもしれないけど・・・」
その言葉に奏汰が海に駆けだしていく、奏汰の後ろ姿を雫と悠斗は黙って見ていた。
「悠斗君は、見てみないの?」
黙って俯いて、悠斗は首を振った。
「家族の事気にならない?」
気にならないことはないが、見たくない過去が見えたら・・・そう思うと悠斗は潜る気になれなかった。
「今頃、弟の受験でかかりっきりだよ」
「中学?」
「高校・・・・・・」
「受験大変だもんね」
受験に関わらず悠斗が入院する前から両親の期待は弟に集中していた。悠斗とは違い成績の良い弟は小さい頃から両親の自慢だ。唯一認めてくれていたスポーツも、病気になってしまったら過去のこと。
(サッカーですら輝けなくなった俺なんて・・・・・・)
何かと理由を付けて顔を見せる頻度の減る母親と、だんだんと見舞いに来る人数の減っていく仲間達。病院で仲良くなった皐月との会話は慰めになった。トンチンカンで夢みがちの、世間知らずな皐月が懐かしい。
(・・・皐月、楽しくやってるかな)
奇しくも別の世界で別の姿に変わって再会した皐月の顔が浮かぶ。
「悠斗君?」
急に黙り込む悠斗に雫は困って声をかけた。
『富士山から見る日の出は凄く感動するらしいよ』
抜けるように白い皐月の顔、その屈託のない明るい笑顔がよぎる。
「負ぶって登ってやるって言ったのになぁ・・・・・・」
そう言った悠斗の頬を涙が伝った。
何を思い起こしているのか、何を思って流す涙か雫には分からなかった。でも、雫は黙って悠斗の側に座っていた。
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