12話「蟲・蟲・蟲」

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12話「蟲・蟲・蟲」

 軽自動車程の大きさの蜘蛛が草むらからぬっと姿を現す。右から左から1匹2匹、5匹、10匹。数える側から増える蜘蛛を見て3人が身を寄せる。背中合わせに立つ3人がそれぞれに周りに目を走らせた。 「カマキリにしてもそうだけど、虫にしちゃデカすぎる。まさか、草むらの中に犬くらいのが居たりしないよな?」 「どうだろう?」  ひきつる奏汰の質問を悠斗が受ける。 「この蟲達は私を狙ってるの。2人は逃げて!」 「逃げろって言われたって・・・!」  にじり寄る蜘蛛に狼狽(うろた)える奏汰と焦る雫、そして少し息の上がった悠斗。ぐるりと取り囲まれて誰の目から見てもどこにも逃げ道が見あたらなかった。 (何で!? 今までは追い立てるだけだったのに、これじゃ川へ逃げることも出来ない。どうしたらいいの?)  明らかに動きが今までとは違う。  巨大なカマキリの足下やカマキリとカマキリの間を埋め尽くす蜘蛛の群。微妙に大きさの違う蜘蛛がじわりと距離を詰めてきていた。 「川にたどり着けばそれ以上追いかけて来ない。何とか川に行かなきゃ!」  そこら中の草がさわさわガサガサとかすかな音を立てて、その音が徐々に大きくなっていく。まだ増えている!  増えていく蟲の陰に入り新たな物がその暗がりで歯を鳴らす。 「どうやって行けばいいんだよ!」 「何とかして突破するの!」 「何とかってどうすんだよッ!」  雫と奏汰が言い争う声を聞きながら悠斗は考えていた。 (一か八かでやってみたけど消す力がまだある。それなら飛ぶ力もまだあるか・・・?)  蜘蛛の複眼が月明かりを反射させる。その眼孔が実際の数以上の存在を想像させ、ほ乳類よりも数の多い足音が不安をかき立てた。  ガサササ!  がちがち カチカチ!  ゴソガサ・・・! 「こっちに来る!!」 「飛んでみる!」  悲鳴に近い奏汰と雫の声に悠斗の声が被った。 「え!?」  2人の手を取って悠斗が地を蹴る! 「うわっ!」 「きゃあぁ!」  3人の体がふわりと舞い上がり蜘蛛達の頭上を越えた。 (嘘ぉ・・・!) 「マジか!?」  眼下に群れる蜘蛛が蜘蛛の上へワラワラと登り追ってこようとしている!  月明かりにかすかに分かる地面の上で、もぞもぞと蠢く蜘蛛に全身の毛が立つのが分かった。  多くの蜘蛛の口から飛び出した糸が追いかけて来るのを潜り交わして遠ざかる。 「ぎゃあ!」 「落ちるよぉー!」  悠斗の動きに振り回されながら腕に取りすがって耐える雫の右足に糸が絡んだ。  ぐい! 「ああ!! 悠斗君ッ!!!」 「雫!」  糸に引っ張られた雫の手が組み合った悠斗の手首から掌まで滑り、指先が離れた!  落ちてくる雫を追って蜘蛛の群が一点へざわめきワラワラと集まって行くのが見える。 「しずくーーー!!」  必死に掴まる奏汰を引いて悠斗が降下する!  ・・・その時!  ブォオン!  銀の尾を引いてカマキリの大鎌が襲った。  辛うじて避けたもののバランスを失ったふたりがくるくると落ちる。雫のすぐ側の地面に叩きつけられて苦悶する彼等へ、間近に迫った蜘蛛達が即座に糸を吐きかけた。 (蟲達から離れた所へ、出来るだけ遠くへ逃げなければ・・・!)  悠斗は痛みを堪えながら考え、吐き出された糸が頭上で薄く絡み合うのを見た。  瞬間移動するしかない、悠斗はそう思った。だが、跳ぶポイントが定まらない。草原は何処まで行っても草原で降り立つポイントが見いだせなかった。  絡み合う糸が編み目を作る。  消す力と同じように空間を瞬間移動する力も使えるのか、3人一緒に跳べるのかすら悠斗には分からなかった。しかし、考えている間にもネット状の糸が白いベールをかけるようにふわりと舞い降りてくる。  手を伸ばせば雫の腕に触れた。  出来るかどうか迷う間はない「跳ぼう」そう思った瞬間、悠斗は意識を集中した。 「遠くへ、跳べ!!」  悠斗の体を虹の粒が覆い腕を伝って雫と奏汰の体も包む。糸のベールが彼等を包む間際、3人の姿はそこからかき消えていた。 「うわぁ!」 「きゃーーっ」  ドサリと砂地に落ちて雫と奏汰が声を上げる。 「え? ・・・どうしてここに?」  辺りに目を凝らす雫の目に黒くうねる物が見えた。それは海だった。 「瞬間移動して逃げた」 「何だって?」 「糸でがんじがらめになる前に、空間を跳び越えたんだ」 「すんげぇー・・・! そんな事も出来るのか?」 「時空ドラゴンの力だよ」  横たわったままの姿勢で素直に驚く奏汰。その横で雫が弾かれるように立ち上がった。 「どうしてここなの!?」 「助かったんだから何処だって良くない?」 「さっきの所からはかなり離れたと思うけど、何か気に入らない事でも?」  せっかく急場を凌いだのに何故責められなければならないのか悠斗には分からない。  「空間を飛び越えられるなら、何で川に跳ばなかったの!?」 「見たことのない場所へ跳ぶのは難しいんだ、確実な方がいいだろ」 「川へ急がなきゃ、立って早くッ!」  急かす雫に男子ふたりの足が着いてこない。 「早く!」  奏汰が砂地に転がったまま不服そうな顔をしている。 「一人で行けばいいだろ。また虫に襲われるのなんて嫌だよ」 「ここに居たって・・・!」  雫が言い掛けたのと同時に大きな波音が響いた。いや、それは砂の落ちる音。黒く大きな陰が砂からムクムクと姿を現した。  塔の様にそそり立つ尾の先に毒針がきらりと光を放つ。 「さ、サソリだ・・・」  砂をふるい落とした巨大なサソリが、黒光りするメタリックなその体に夜空の星を映してそびえていた。重厚なメカを思わせる姿に悠斗も奏汰も見惚れてそれ以上言葉が出ない。 「逃げてぇ!!」  雫の叫び声に我に返った悠斗と奏汰が彼女の後を追う。追った2人が雫を追い越して草地を駆けた。 「雫! 早く、もっと走れ!」  言われなくても分かってる、そう言い返したかったが走るのに必死で雫には声を出す余裕がなかった。後方にチラリと目を向けるとサソリは草地の途中まで追っただけで引き返していくのが見えた。 「追ってこない」  遠ざかるサソリに3人の足が止まる。 「って事は、まさか・・・」  奏汰の予想は直ぐに当たった。回りの草が音を立て始めて奴らが姿を現す。 「早いッ」  悠斗が唸った。追っ手の蜘蛛ではないかもしれない。しかし、跳んだ先を察知するには早い気がした。 「サソリにチクられたんだ」  奏汰の考えがきっと当たりだ。  さっと目を走らせた悠斗がふたりの手を取って、飛び石を踏むように目の届く近距離を瞬間移動した。景色を捉える度に海から離れて行くのが分かる。  跳び移る毎に回りに蟲がいないか目を配り更に距離を稼ぐ。 (悠斗君・・・・・・)  跳ぶ距離が徐々に縮んで行き悠斗の首筋を汗が流れる。 「悠斗君、休もう。少し休もう!」  雫の言葉を聞き流して跳ぶ悠斗が膝を突く。 「悠斗ちょっとタイム!」  たまらず奏汰も悠斗を止めた。 「俺の背に乗れ」 「バカ言え・・・!」  振り払おうとする悠斗の手を取って奏汰が自分へ引きつける。顔と顔をぶつけそうな程近づけて奏汰が怒鳴った。 「お前がバテたら肝心な時に奴らと戦える人間がいないんだぞ! 頼むから乗れ!」  背を向けて屈む奏汰を見て悠斗が一瞬迷う。 「悠斗君! 奴らに追いつかれない前に乗って」 「俺、騎馬戦の馬に自信あるんだぜ」  振り返った奏汰の笑顔に悠斗が頷き彼の背に身を預けた。 「月に向かって走って!」  雫は月がまだ頂上に届くには時間があると目算して、傾いた月が川の方向にあると思い指示をだした。  自信があると言うだけあって悠斗を担いで走る奏汰の足は速く安定していた。草むらから飛びかかて来る蜘蛛を切ろうと悠斗が動いても膝を突くことがない。  空間を跳んだ事が幸いしたか雫が言うように川に向かっているからか、正面から蜘蛛が現れることはなくカマキリも後方から攻撃するばかり。 「川よ!」  雫の指し示す先に光の行列が見える。  悠斗は奏汰の背から飛び降りて一緒になって走りながら奏汰と目を合わせた。 「あれが川?」 「あの光は何?」  息の上がる雫は2人の質問に答えられない。  じゃりじゃり!   からから・・・  足下から上がる小石のたてる音に奏汰と悠斗が立ち止まった。止まってみて初めて水の流れる音に気づく。連なる光の手前の闇が川だった事を知り再びふたりは走り出した。  川に駆け込んだ悠斗は10メートル程走り込んで足を止める。 「浮いている!?」  川面に立つ自分に驚愕する悠斗の後方で、雫と奏汰がジャブジャブと音を立てて川の中に腰を浸けていた。 「奏汰君も・・・!」  奏汰の渡れない姿に驚きながら心の端で安堵する自分に雫は拳を握る。 「何で? どうして?」  水に浸かる自分と川面に立つ悠斗を見比べて奏汰の頭の中が疑問符で埋まった。回りに目を配ると見知らぬ人達があちらこちらで川を歩いている姿が見えた。 「どうなってるんだ? どう言う事?」  奏汰の質問に雫が窮する。 「あ・・・奏汰君、後ろ・・・!」  雫は奏汰の後方に水の中から黒い陰がぬるりと頭を上げるのを見て声を上げる。  龍では無かった。今まで見たこともない魔物、三つの大きな角を持ったワニに似た恐竜の様な物が砂利の上に這い上がって来て咆哮した。  思わず川から上がるふたりの背に蜘蛛とカマキリがにじり寄る。  草むらから体も露わに石の上へ蟲が足を下ろし、川からは新たな敵。挟み撃ちに合った雫と奏汰を見て悠斗が踵を返す。 「行って! 戻ってこないでッ!」  声を上げる雫に蟲が飛びかかっていくのが悠斗の目に捉えられていた。
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