14話「虹の玉」

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14話「虹の玉」

 戦う人員は増えたが蟲達は底知らずで勢いが止まらない。いったい何処から湧いて出ているのか、休む間も与えずひっきりなしに3人に襲いかかって来る。 「くそぉ、無制限かよ!」 「こいつら、いつまで襲ってくるんだ!」 「夜だけよ! 夜が明ければ・・・ッ!」  息が上がり音を上げそうな男子に雫が言い放った。 (夜明けまで出るのか? 冗談じゃない!) 「嘘だろ、夜明けまで・・・!?」  悠斗は考え奏汰は愚痴をこぼしながら斬り光を放つ。  チラリと見上げた空の月は頂点を越え傾いた角度は50度位か・・・。後どれくらいもち堪えられるだろうかと悠斗は考えていた。 (時空ドラゴンの力が全て使えるなら、時間も超えられるはずだ。こいつらが昼間に出ないなら昼の時間まで飛び越えればいい)  しかし、体力も気力もだいぶ削がれていて力を発揮出来るのか自信がなかった。 (もう少し早く知ってたら力を無駄遣いしなかったのに・・・)  そんな事を考えたところで遅いことは分かっている。 「奏汰、少しの間背中を貸せ」 「え?」  悠斗は奏汰の背後に陣取って彼の動きに合わせて逃げ回り始める。 「あっ、こら。ひとりだけ休憩するな! 俺だって疲れてんだぞ!」  奏汰の文句を受け流し悠斗は彼の後ろで力の温存を決め込んだ。  そんな悠斗の行動を雫は見咎めず黙っている。戦うことに集中しようと努めていたのもあったが、頭の隅で考えてもいた。 (何か考えがあるのかもしれない)  これまで悠斗が黙った後、形勢逆転出来た。策を考えているのか、機会を伺っているのかは分からなかったが。 (ここは悠斗に任せて私は戦い続けよう)  今の雫には深く考える余裕はない、息は上がり既に足も重い。  沢山斬ったはずの蜘蛛の死骸はしばらく経つと消えてしまうらしく、足を取られずに済むのは都合が良かった。ただ、消えた死骸が(よみがえ)って襲ってくるのだとしたら嬉しくない事だったが。  三途の川の側での蟲との攻防は続いた。  蜘蛛は飛びかかりカマキリは大鎌を振るい大地に突き立てて、川からの魔物は角を向け突進してくる。疲れと忙しさはピークに近づきつつあったが、蟲と雫達の動きが単調になり息を整える余裕は見いだせていた。  跳ねる蜘蛛とそれを避けて鎌を振るカマキリ。切って避ける雫達。  ギギギ! カチカチカチッ!  巨大カマキリが歯を打ち鳴らすと蜘蛛達が飛びかかるのを止め、雫達を包囲する彼らの半円が後退した。 「何の合図?」 「カマキリのやつ何を始めるつもりだ?」  いったん攻撃は止んだが、その不気味さに3人は辺りに目を配り背後を気にして耳をそびやかす。シンと静まった空気が耳に痛く感じた。新たな敵でも現れるのかと遠くにも目をやる。だが、暗く遠目がきかない。  雫と奏汰が息を詰めていた。 「少し身体の力を抜いて、リラックス」  ふたりに悠斗が耳打ちする。  悠斗の言葉に意識的に息を吐き、手足をぶらつかせて筋肉を弛めてから再び構えた。あちらも雫達と同じように足を伸ばしたりバラバラに動かしたりなどして、こちらの様子を窺っている。 「静かでかえって不気味だ」  奏汰が小さく言った。  人に聞こえぬ言葉で会話しているのか、静かでありながら何か意思が伝播していると肌で感じる。全ての蜘蛛がカマキリが規律ある軍隊の様な気配を醸しだす。  ギッ!!  狼煙(のろし)が上がった!  数匹の蜘蛛が高々と跳躍してこちらへ迫る。 「来た・・・!」  ただの再開だと思った次の瞬間、 「わっ!」  叫んだ奏汰が後ろへ倒れ込んでいた。それは雫も同じだった。 「糸が!」  足をすくわれていた、蜘蛛の糸が雫と奏汰の足を捉えている。高く跳躍した蜘蛛がふたりの上に飛び降りて来るを悠斗がすかさず消し飛ばした。 「わーーーっ!」  蜘蛛が糸を引き玉石の上をふたりの体が滑っていく。  ガラガラガラ・・・!  漁師が網を手繰り寄せるように、するするとふたりの体が引き寄せられていく。真っ赤な複眼が蜘蛛が迫って来る! 「きゃぁあ!!」  引きずられながら掴まる何かを求めて両手を地面に這わせる。が、玉石がガラガラと虚しい音を立てるばかりでどんどん引っ張られていった。  紅く光る眼が迫る! 「いや、嫌ぁーーーー!!」  雫がじたばたともがいても蹴っても糸はほどけない。光の剣は届かず、振るう体勢もとれない。奏汰は四つん這いになって必死に耐えていたがずるずると引かれていた。 (これ以上は無理だ!)  ふたりの上に蜘蛛の第2派が迫るのを見て悠斗が腹を(くく)る。 「時間を飛ぶぞ!」  蜘蛛を弾き飛ばし叫びながらふたりの糸を切った悠斗は、すぐさまふたりに駆け寄って腕を取った。同時に四方の蜘蛛から糸が放たれる! 「糸が!」  先に到達した一本の糸が雫の腕に絡んだ、直後に虹の玉が3人を包み込む。  シャボン玉の中から外を見るように虹色の光越しに蜘蛛の姿が見えた。第3派の蜘蛛が玉に弾かれて落ちる。その姿が徐々に歪み霞んだ。  3人を包む虹の玉の表面を月がくるくると回り、天と地が入れ替わって暗い草原に光が射していく。  上下左右にぐるぐると回転する遊具の中から外を見るような軽い目眩が襲った。  タイムラプスを見る様に空に光が射し見る見るうちに夜が明けていく。虹の玉は草地を駆け白と青の線が近づいて来るのが見えた。  唐突に玉の中で3人の体がぐるりと回転して・・・、弾けた。 「うわぁッ!」 「きゃっ・・・」  真っ白な砂地に投げ出され目を(しばたた)く。3人は渚に転がっていた。  ほっとして辺りを見回すと、 「きゃあーーー!」  雫の目の前に蜘蛛がいた。  真っ黒で巨大な蜘蛛の複眼に幾つもの雫が映り込んでいる。ほんの束の間目を合わせた蜘蛛が、次の瞬間には砂塵となって風に消えていった・・・・・・。 「はぁ・・・・・・」  3人が同時にパタリと砂地に倒れ込む。  目を閉じていても潮騒が潮風が海にいると伝えてくる。太陽の光が体を温かく包み、嫌な気配は皆無。疲れて鉛のような体が砂に溶けるようだった。  そっと目を開けるとそこには青い空、のんきな雲が流れ吹く風が髪を揺らした。 「・・・長かった」  奏汰がぽつりと言った。  大の字になって砂浜に横たわる3人を横目に、今までと変わらず海から上がった人が過ぎて行く。 (あぁ、良かった・・・)  雫がくすくすと笑い出すと、悠斗も奏汰も笑い出した。 「助かったーー!」  飛び上がるように立ち上がった奏汰がそう叫んで海へ駆け込んで行く。雫も悠斗も起きあがって彼の姿を目で追った。 「悠斗ぉ! お前凄いなッ」  小学生のようにバシャバシャと水飛沫を上げて喜ぶ奏汰に「ワンこみたい」と雫は笑った。 「のんきなものだ」  唐突に子供の声が飛び込んで来てギクリとする。振り返るとあの子供が草地から見下ろしていた。奏汰が血相を変えて海から上がってふたりの元へやって来た。 「まったく困った人達だな、こちらの住人に危害を加えるとは」  呆れ顔の子供に見下ろされ高校生3人が黙って見つめ返す。 「彼等を(なだ)めるのにどれ位かかったと思う?」  相変わらず姿に似合わない口振りだ。 「知らないね」 「襲ってくる奴が悪い!」  疲れた顔の悠斗に引き続き奏汰が噛みつく。 「彼等の仕事だ」 「仕事なら何やってもいいのか!? 人を食べるんだぞ?」 「不味い物を好き好んで食べる物がいるものか」  子供が呆れ顔でそっぽを向いて言う。 「川を渡りなさい」 「渡れないからここにいるのよ」  雫がぼそりと言い返す。 「渡れ渡れって言うけど渡れないのよ! どうしろって言うのよッ」  答えを示せと言わんばかりの雫に、子供が憐れむ顔を向ける。 「僕には何もしてあげられない」 「出来るでしょ? あなた何でも知ってるみたいじゃない、教えてよ」 「出来ない」  男の子はきっぱりとそう言った。 「ここが思えば現実になる世界だと・・・君達は知っている」  3人の顔をゆっくり見つめながら男の子が話す。 「答えを教えても、本人が心から思わなければ叶わない」 「川を渡りたい。もうこんな思いしたくない」  真剣な表情の雫を見て、男の子は首を振った。 「そこじゃない・・・」 「死んだことの反省が足りないの?」  また首を振る。 「死んだ理由が希薄だから? 何か思い出さなきゃいけない別の事があるの?」  男の子は首を振り続ける。 「思い出すことではない。感じることだよ、雫」 「何を感じたら正解なの?」  ため息をついた男の子が目線を外し海を見つめる。 「正解と言う物はないよ。あるがままに心が流れに乗れば渡れる、ただそれだけの事」 「そのあるがままっていう事に正解があるんじゃないの? 間違ってるから渡れないんでしょ?」 「正解もなければ間違いもない」  禅問答のラビリンスにハマったように納得がいかない。 「死ぬと多くの人が悲しみ後悔する。死ぬ瞬間はどうだろう? 死ぬまでの時間に何を思うだろうか」 (死ぬ瞬間に?)  唐突に死んだ雫と奏汰。川を渡れた悠斗は病気だった・・・。 (死について考える時間?)  問いかけようと雫が顔を上げると男の子は悠斗の側まで歩いてきていた。 「話しすぎた」  そう言いながら悠斗の胸に手を着ける。 「何?」  座ったままの悠斗より少し背の高い男の子が彼を見下ろす。 「他の世界の物はその世界に返さなければいけない・・・」  少年の手が悠斗の胸にずぶっと入るのが見えた。 「うっ!」 「君にこの力は不必要だ。君は、殺し過ぎる」  悠斗の胸の中で少年の手が動いているのが分かる。 「・・・っは! ああッ!」 「悠斗君!」 「悠斗!」  脂汗をかく悠斗の胸から男の子の手が引き抜かれる。その手に虹の玉が握られていた。 「・・・・・・っはあ! あぁぁ・・・」  力つきた悠斗が倒れ込むのをふたりは成す統べなく見つめていた。  男の子は虹の玉を空に放り投げ、玉は空に吸われて消えて無くなった。玉の消えた空を眺めていた3人が男の子に目を向けると、あの子の姿も砂浜から消えていた。
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