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高野大河の場合
当たり前のことがあたりまえなのは、それ自体があたりまえだった。
しかし、それは何とも気持ちがいい――。
高野大河は年代物の姿見の前で、直す必要がまるでないネクタイへと手を持っていった。
今日初めて着て出掛けるとは思えないほど、スーツの上下は体に馴染んでいる。
合わせて作ったオフホワイトのシャツも簡素の権化だったが、第二の肌のようにシワ一つ寄らずに上半身を覆っている。
鏡越しに後ろから覗き込んできた祖父の清司と目が合う。
視線の高さは自分とほぼ変わらない。
還暦を過ぎてもコレなのだから、若かりし頃は下手すれば自分よりも高かったのかも。と高野は思う。
「よく似合っているな。まるで初めから誂えたものみたいだ」
「まぁ、あれだけ体中測られて修正されればピッタリにもなるよ」
祖父に「就職祝いにスーツを贈る」と言われて一もにも又考えもなく飛び付いた高野だったが、それが祖父が銀行員時代に着ていたものだと知って一度はガッカリとしたものだった。
しかし、単なるお下がりだと思っていたソレはテーラーで誂えた所謂注文品だった。
よくよく聞いてみれば高野の父、自分の息子の佑志にもお下がりを直して贈ったらしい。
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