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桜さんは優しい。ドラァグクイーンになってみたいと言った時、驚きはしたものの応援してくれた。
化粧をして、化粧をしている時は自然と言葉使いも変わるから、桜さんにはもしかしたらゲイと思われている気がする。
ゲイではない、と思う。格好良い芸能人とかを見れば素敵だなとは思うし、ああなってみたいとも思う。男を好きになったことはない。けれど、男に恋愛感情を向けられたとしても嫌悪することもない。
女性になりたい、というわけでもない。身体を女性にしたいわけでもないし、自分の気に入るように心行くまで化粧をしてみたいだけ。化粧だけで女性になってみたいという願望はあるけれど。
桜さんは優しい。いつも優しく受け入れてくれる。だから絶対、もう特定のひとが居ると思っていた。思い切って訊いてみた時、眉毛をハの字に寄せて『年齢イコール居ません』と教えてくれた時は小躍りしたくなった。桜さんの周りの男の見る目のなさに感謝したくなったほどだ。
桜さんは、自分を救ってくれた。
たかが肌のことって言われたこともあったけど、そのたかがなんて言えるひとには肌悩みのことは絶対に解らない。本人はその肌で生きて行くことさえ辛いのに。
化粧をしてウィッグを着けると桜さんとの距離が縮まる。この状態だと同性だと感じるのかな。
「最近、本当に綺麗になったね。最初に会った時より顔も生き生きしてる」
桜さんは毎回そう言いながら褒めてくれる。かつてはニキビが出来てぼこぼこになっていた肌。こんなに綺麗に治るとは自分でも思わなかった。
「ありがとう、桜さん」
桜さんに綺麗と言われると無図痒くなる。綺麗なのは桜さんだ。外見だけじゃない、内面もとても綺麗だ。桜さんは他人を救ってくれるひとだ。ひとの痛みを理解してくれるひとだ。
「桜さんも凄く綺麗よ」
「あら、嬉しいこと言ってくれるのね」
同じ台詞でも、スーツを着てネクタイを絞めている時は素直に受け取ってくれない。クイーンのフルメイクをして、ウィッグを着けている時は素直に喜んでくれる。どちらも同じ自分なのに……
それでも、桜さんの今一番近くに居るのは自分のはずだ。これだけ桜さんの部屋を訪ねているけれど、他の男と鉢合わせしたことはないし、部屋の中にも気配すらない。
今はまだ、恋人にはなれない。精々が友だち。下手したら弟扱い。いつかは、そのポジションから抜け出してやる。
「桜さん、一緒に写真撮ろ」
「ん? うん、いいよ」
男型だと警戒されるのに、クイーンだと警戒されない利点を活かして頬を合わせるほど密着する。桜さんの暖かい頬。仄かに香る薫り。小さな肩。細い指。あぁ、もう……
「どうしたの?」
気を許してくれているのは判る。クイーンの姿だとほぼ同性気分でいるのも判る。けれど、もう少し意識してみて欲しい。ずっと桜さんだけを見てきたから。
ずっとずっと、綺麗なあなただけを見ているから────……
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