偽装恋人 〜富豪の娘と庶民の息子の間にある溝は埋めがたいようです〜

2/9
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
 放課後の教室には、生徒はほとんどいないものだ。  残っているのは、部活に入っておらず、かつ家にあまり早く帰りたくもない人間くらい。  そして、僕が知る限り、このクラスでそれに該当するのは僕だけ、そのはずだった。    ……なんで、彼女が?  僕は窓の外を眺めるふりをしながら、窓際の机で勉強している彼女を見る。  櫻小路さんである。  一学期はすでに終わりかけだが、彼女が教室に残っているのは今まで見たことがない。  わざわざ残ってしているのが、勉強である。  期末考査も終わったのに(これは僕が言えたことじゃないが)。  なんでだ?  僕は何度目かわからない疑問を抱き、首を傾げる。  もちろん、彼女が万一後ろを振り返ったとしても変に思われないように、そっと。  学校一の美少女と、教室に二人っきり。  なにかイベントを期待したくなるところだが、僕は今までの経験からそんな展開がないことを知っている。  あっという間に最終下校時刻のチャイムが鳴り、僕はこの思い出と疑問を胸に抱いたまま一生――それはさすがに大げさか――を過ごすことになるのだろう。  問題集に目を落としつつ、その内容は全く頭に入ってこない。  そんな無意味な時間――ある意味では人生で一番有意義な時間――を過ごしていると、不意に彼女が立ち上がった。  なんだ、帰っちゃうのか?  僕はそちらには視線を向けない。目が合うのが怖いから。  そのとき、彼女が言った。  
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!