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正直に言おう。
僕は、櫻小路さん――というか、櫻小路家を舐めていた。
いくら名門家とは言っても、せいぜいその辺のお金持ちと同じくらいだろう、と。
想像していた家の様子は、学校の近くにある高級住宅地に立ち並ぶそれ。
そんなものとは、桁が違った。
屋敷。豪邸。そんな言葉じゃ表せないほど、彼女の家は広かった。
……………………
夏休み初日。僕は電車に揺られていた。
彼女は家で待つといい、メッセージアプリで送られてきた道順には、櫻小路駅下車、とあった。
櫻小路家が先か、地名が先か。
どちらにしろ、名門という話は本当らしい。
八重樫学園の最寄り駅で電車を乗り換え、そこから数駅。
ローカル線らしく、人が少ない車内で、僕は荷物を確認していた。
いまさら遅いとはわかっているが、どうしても気になってしまうのだ。
旅行などでも、必要かもしれない、と思いつついろいろなものをかばんに突っ込み、結果他のメンバーより明らかにかばんのサイズが大きくなる、僕はそんなタイプだ。
とりあえず、服と身の回りのもの、そして暇な時間にやるものだけ持ってくればいいとは書いてあったのだが、やはり荷物が軽いと不安になってしまう。
ちなみに、生活費の方は親が櫻小路家の親と直接相談したらしい、いくばくかを直接振り込む、という話でまとまったようだ。
ご両親への挨拶は一応考えてあるのだが、失敗しないか不安である。
それに、母親が言ったからではないが、なにか粗相をしないかとも……
まるで、結婚を申し込みに行く恋人のようだ。
僕の役割は、結婚を阻止するための偽装恋人である。
あちらの親御さんに認められる必要はないのだ。
演技のほうも、最悪失敗すれば、頭を下げて帰ればいいのだ。
まさか櫻小路さんも、僕との同棲をクラスメイトに言っているはずはないから、失敗してもデメリットはないも同然。
そんなに気負う必要はないのだ、とわかっていつつも、やはり心臓がドキドキするのは止められない。
そのドキドキのうち、何割が不安で、何割が櫻小路さんとの同棲への期待7日は自分でもわからないけど。
後者の割合もかなり高いのは確実である。
なにせ、ひとつ屋根の下だ。
少し歩けば顔を見れる距離に、櫻小路さんがずっといるのだ。
幸せ以外のなにものでもない。
もしかしたらラッキーハプニングぐらい起きないかなぁ。
教室での前例があるから、胸が期待に膨らむ。
動悸の上に膨張感。
僕の胸は大丈夫だろうか?
「次は、櫻小路駅、櫻小路駅」
そんなバカみたいなことを考えている間に、目的地に辿り着いた。
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