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三階あたりまで上がってきたところで、息が荒くなり始めたが、立ち止まろうとも、途中の階層へ立ち寄ろうとも思わなかった。
階段の一段目に足をかける事と、このまま最上階を目指す事は、私にとって同じ意味を持っているようだった。
階段を上り続けた。呼吸は苦しく、足は疲労していったが、ペースを変える事はなかった。右足を出して左足を出し、左足を出したら右足を出し、それを繰り返した。
その最中、私は多くの事を考えずにいられた。私自身が、階段を上るという行為の向こう側に存在している事ができた。
唯一はっきりと考えたのはペンローズの階段の事で、もしここがそうであるのならどれだけ幸せだろうかと思った。
しかし階段は、その他の多くの物事と同じく、唐突に終わりを迎える。これまで上へ向かう階段が続いていた場所に壁が現れたのだ。
初めのうちそれが信じられず、現れた壁を蹴飛ばしたり、手のひらで擦ったりした。しかし壁はひんやりと冷たいだけ。私は階段を諦め、横へ伸びている廊下を進む事にした。
細く長い廊下。右側に扉が並んでいる。
手前から三番目の扉だけ僅かに隙間が開いている。近付いてみると、扉の間に靴が挟まっていた事が原因だった。
私は誘われるように、その部屋の中へと足を踏み入れた。
他人の家の匂いがした。
玄関から続く廊下を渡った先は、八畳程のリビングだ。
フローリングの床。見慣れないソファと見慣れないテーブル。四十五インチの高級テレビ。穏やかな色合いのベージュのカーテン。
床には様々な物が散乱していた。着古したジーンズや女性物の下着。鯖の缶詰。溢れた絆創膏。ステンレスの包丁と数枚のゲームソフト。
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