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温もりのない静寂に満ちたその中で、歩きだした私の衣擦れと靴の音だけが、遠い現実を引き連れて響いた。死とはこういう事を言うのではなかろうか。
廊下を渡り、エレベーターで一階へ降り、社員証を使いエントランスのゲートを潜る。社内には人影一つなかった。
外は日が暮れているという事が、嘘のように明るい。太陽の白い光とは違う、寿命を間近に控えた燭の赤が、世界を覆っている。
会社の前の片側一車線の道路では、車が長い長い列をつくっている。その遥か先の方から、クラクションの音が届いてきているが、それは空虚な叫びでしかなかった。
私はそのがらんどうの車の列を横目で見ながら、歩道を歩き始めた。
人の気配はない。行く先には街路樹が点々と続いていて、巨大な墓標のように聳え立つオフィスビルの群れが、こちらを見下ろしている。
ビルの密集する一帯を抜け、駅へと続く大通りへ出た。
辺りの静けさに変わりはなく、広くなった車道を放置された車が埋め尽くしている。その三分の一程度の車体の窓やドアが開けたままになっており、それをまるで未知の昆虫の脱け殻のようだと感じた。
通り沿いに並ぶブティックや商業ビルの入り口や、ショーウィンドウのガラスは、余す事なく破壊されている。
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