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「公共? 聞いたかお前ら。公共だってよ」
浮浪者達はまた黄ばんだ歯を見せてゲラゲラと笑った。
「話にならない」
「話ならたった今しているじゃないか。それよりアンタは何故こんなところにいる。背広なんか着て」
「仕事に行っていたに決まっているだろう。君らと違って私には仕事があるんだ。そして帰る家もね。一日の業務を終え、帰宅するところさ」
浮浪者達はポカンとした様子で互いの顔を見合わせた。自分とまるで同じ顔同士で見つめ合う事に、どんな意味があるのかが私には分からなかった。
「帰宅って、電車に乗ってか?」
「仕事って、普通の会社勤めか?」
「家族はいるのか?」
彼らは矢継ぎ早に尋ねてきた。
私が頷くと、何やらゴニョゴニョと相談を始める。
その顔には同情に似た深刻さが浮かんでいたが、私の関心の向くところではなかった。
彼らへ声をかけてしまった事への後悔を感じつつ、その横を通って改札へと歩きだした。途中、数人が私へ声を掛けてくるが、最早それは彼らへ関与する理由にはなり得なかった。
彼らを素通りして、改札のゲートの電子マネーで開き、ホームへ向かう。後ろでは、再び下卑た笑い声が上がり始めた。
プラットホームに人影はなかった。長いコンクリートの通路。二本の線路を挟んだその向こうにも。
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