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それから十秒か、それ以上か。
ふと、右手の人差し指にピリピリと痺れを感じたと思えば、浮浪者達はいなくなっていた。床には奴らが出した、酒やつまみのゴミだけが残っている。
私はその場を離れ、停止しているエスカレーターを上り、広く長い通路を渡り、来た時とは別の出入り口から外へ出た。
外はますます明るくなっていた。
背後に聳える巨大な駅。正面のロータリーを埋め尽くしている車の列。奥に広がるビル群。もう一つ宿命が、訪れるはずだった夜を払いのけ、それら全てを赤く染めている。
空はもう輪郭しか見えない。炎を纏う大地が、じりじりとこちらへ迫ってきていた。
ロータリーを抜け大通りへ出て、体が望むままに歩道を進んだ。今となってはこの体は私という人間を必要としていなかった。
幾つかの角を曲がり、アーケードへ足を踏み入れる。シャッターを下ろした店店が左右に。トンネルの中のようなその道には、私が立てる音がよく響いた。そしてそれは私以外の生物も同様だった。
カシャカシャと鳴るその音に気がつき顔を前へ向けると、正面から首輪のついたビーグル犬が歩いてきている。
薄い耳を揺らし、自分の鼻をペロペロとやりながら、アーケードの中央を堂々と。互いの距離が近付くにつれ、私は無意識の警戒を強めていったが、犬は素知らぬ顔で隣を横切っていった。
私は立ち止まって振り返る。尻を振るようにして進んでいく小さな体がこの視線に気付く事を望んだが、結局それは叶わない。犬はアーケードを抜け、通りの角の向こう側へと消えていった。
それが私には却って快く感じられた。私はこの時初めて、野生とも飼育されているものとも違う、本来の犬の姿というものを目にした気になった。
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