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「……絵本?」
航夜が怪訝そうに眉をひそめる。
「後でばあちゃんから航夜に話すと思う。私もまだ詳しいことは聞いてないけど、絵本が"忌み物"ってちょっと珍しいよね」
幼馴染にそう答え、さつきは再び座布団の上に寝転がる。
外からひっきりなしに響くセミの鳴き声をぼんやりと聞きながら、少しだけ昼寝しようと瞼を閉じた、その時。
「さつきっ!」
「わっ!?」
和室の襖がぴしゃりと開き、さつきは飛び起きた。
「ここはお前の部屋じゃないだろ、ダラダラするんじゃないよ!」
鋭い一喝とともに顔を出したのは、さつきの祖母こと柚野珠代その人だった。
いそいそと座布団に座り直す孫にため息をつくと、珠枝は麦茶のピッチャーを片手に襖を閉める。
「ばあちゃん、いたんだ。台所にいないから家に帰ったと思ってた」
「いちゃ悪いかね、裏の草むしりをしてたんだよ。なんで坊ちゃんがきちっと座ってるのにアンタが寝転がってるんだい。正座しな正座」
「やだ、足痺れるもん」
ぼそりと反論するさつきに、珠代の眉間にしわが寄る。
「まったく情けないったらありゃしない。人様の家でだらしなく寝転ぶような躾をした覚えはないよ」
「それはそうと珠枝さん。さつきから聞きましたが、親戚の方からうちにご依頼があるそうですが」
航夜がさり気なく尋ね、さつきが枕代わりに使っていた座布団のうちの一枚を珠枝に寄こす。
珠枝は航夜のグラスに麦茶のおかわりを注ぐと、座布団の上に正座した。
「すみません坊ちゃん、この子の叔母たっての頼みで。その息子の……さつきの従弟にあたる男の子なんですが、その子の絵本をあずかってほしいそうです。何回捨てても家に戻ってきて、夜中に絵本のまわりで怪しい光が浮いているのを見たんだとか」
「絵本が戻って来るの? 人形とかじゃなくて?」
さつきが話の途中で口を挟むと、珠代はじろりと孫をにらんだ。
「どのような絵本ですか? 題名は……」
話が進まないと判断したのか、航夜はすかさず次の質問を投げかける。
「猫の絵本やそうです」
「猫の?」
「猫の王様の話がかかれた、なんや外国の絵本やそうで」
要領を得ない情報に、航夜がちらりとさつきに目をやった。
しかしさつきも詳細を知らないため、小さく首を横に振る。
「捨てた絵本が戻って来るようになってから、家の中でおかしな音がしたり、物がひとりでに倒れたり、視線を感じたり。絵本の周りに火の玉のような、不気味な光が漂っていたり。子供が何もないところに向かって喋ったり。そんなおかしなことが続いて、さつきの叔母もすっかり怯えてしまってるんです」
珠代の口から語られた事情が思いのほか深刻で、さつきは少し驚いた。
同時に、不思議にも思う。
今まで航夜があずかってきた「忌み物」は人形だったり動物のミイラや剥製だったり、壺や数珠、絵画や掛け軸など、その大半が古く、相応のいわくや由来を持つ物ばかりだった。持ち主が非業の死を遂げた物や呪いの儀式に使われた道具、正しく祀られなかった神や仏の像、幽霊や妖怪が取り憑いてしまった物など。
だがさつきの叔母は潔癖症で、誰が触ったか分からない中古品は滅多に買わない。
同じ理由で図書館の本を避けるほど徹底している。
「親戚の方はその絵本をどのように入手されたんですか?」
航夜も同じことが気になったようで、珠代にそれとなく尋ねた。
「それが普通の本屋さんで、新品を買って与えたそうなんです。子供が五歳の誕生日に買ったもので、本自体も発売されたばかりだったと言っているんですが……」
珠代も不可解そうに首をかしげて答えた。
少し考え込む様子を見せたが、航夜は「分かりました」と顔を上げる。
「一度、実物を見て当事者の話を聞いた方が早そうですね。ご都合がいい日に当家に来てください」
そうして辻堂家に依頼が通った三日後、さつきの叔母は息子の淳を連れて、珠代の家にやって来た。
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