719人が本棚に入れています
本棚に追加
/173ページ
――どういうことだ。
腹違いとはいえ、彰と匠さんはれっきとした兄弟だ。しかし、実の兄である彰を思いながら、匠さんは自分を慰めている。聞いてはいけないと思うのに、俺はその場に固まったまま動けずにいた。
そしてさらに俺は、彼の声の他に、何やら別の音声が聞こえてくるのに気づいた。耳をそばだてた俺は、今度こそ凍り付いた。
『顔を見ながらしたいな……』
『挿入れるよ……』
『大好き……』
それは紛れもなく、彰の声だった。
――どうして、こんな音声が。
部屋は、薄明かりが点いている。ドアの隙間から目を凝らした俺は、匠さんがスマホを握りしめているのに気が付いた。彰の声は、明らかにそこから流れている。俺はぞくりとした。
――これって……。俺とのエッチの時の声だよな……。盗聴してた……? 匠さんが?
その間も、彰の声は流れている。そこで俺は、ふと違和感を覚えた。エッチの最中、彰は頻繁に俺の名前を呼ぶ。でも、聞こえてくる音声に、俺の名前は一切含まれていない。
――ご丁寧に、編集したってことか……。ん? 編集?
俺ははっとした。宮川さんたちに送り付けられていた、あの嫌がらせメール。あれには、俺と彰のエッチ中の声が添付されていたではないか。俺の声だけを、切り取るよう編集して。
――まさか、あのメールの犯人は、匠さん……!?
俺は、反射的に身を翻していた。これ以上聞くのが怖かったのだ。しかし、慌てて部屋に戻ろうとして家具にぶつかった俺は、ガタンと大きな物音を立ててしまった。
「風間さん? 帰ったんですか」
俺がパニックになっている間に、いつの間にか匠さんの行為は終わっていたらしい。部屋の中からは、やけに冷静な声が聞こえてきた。俺は意を決して、彼の部屋のドアを開けた。匠さんは、何事も無かったかの様子で、ベッドの上に座っている。
「俺の生徒に宛てて、俺を中傷するメールを送り付けたのは、匠さんだったんですか」
俺は、彼をキッと睨み付けた。
「何のことですか」
匠は、平然としている。俺はカッとなった。
「とぼけんな! 何なんだよ、この録音!」
俺は匠に飛びかかると、布団を引っぺがした。奴は抵抗したが、力は俺の方が強い。俺は、奴が持っていたスマホを力づくで奪い取った。
「俺と彰のエッチを盗聴してたのかよ、この変態が! 彰が好きなのか? だから、俺の皿をわざと割ったんだろ!」
「何だ、知ってたんですか」
匠は、顔色一つ変えない。その態度に、俺はますますムカついてきた。
「母親が違うとはいえ、彰はあんたの実の兄貴だろ? 近親相姦もいいとこだ!」
すると匠は、目を丸くした。
「あれ、知りませんでした? 僕たちは、血なんか繋がってませんよ。赤の他人です」
最初のコメントを投稿しよう!