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お前の顔しか浮かばなかった
俺は、拓斗をアパートへ連れて帰った。救急箱を探し出して手当てしてやりながら、俺はふと心配になって尋ねた。
「でも、借金を全額返さないと、そいつらはまたこういうことを繰り返すんじゃないのか?」
「だろうな」
「警察に相談したらどうだ?」
すると拓斗は、浮かない顔つきになった。
「警察はなあ……。警察沙汰になるようなことを起こした、ってなったら、会社での立場も危うくなるから。だからそれは避けたい。取りあえず、金を工面して、早く返しさえすればいいんだ。そうしたらあいつらも、もう俺に用は無いはずだから」
俺はフリーの身だからいまいちピンとこないが、会社勤めをしていたらそうなのだろう。どうしたらいいのだろうかと思案していると、拓斗は俺の顔を上目遣いで見つめた。
「なあ、風間。こんな風に迷惑をかけておいて、その上こんなことを言うのはすごく気が引けるんだけど……。その、金を貸してくれないか? もちろん全額とは言わない、少しでいいから」
「少しって、いくらだよ?」
「五十万だけど、半分でいい。すぐに返す」
――二十五万か。
ただでさえ不安定な上に、『文月』を辞めた今の状態で、それはきつい。渋っていると、拓斗はすがるような目で俺の腕に手をかけてきた。
「頼むよ。間が悪いことに、今給料日前なんだよ。給料さえ出たら、すぐ返すから」
「でも……」
「俺が信用できないか? じゃあこうしよう。もし俺が返さなかったら、会社に来てもらっていい。ほら、これを渡しておくよ」
拓斗は俺に、会社の名刺をくれた。勤めているのは、小さなメーカーの営業部らしい。
「本当に、給料が出たら返してくれるんだな?」
「ああ、約束する」
俺は、すぐにコンビニに向かった。ちょっと迷った末、俺は貯金から三十万を引き出した。アパートに戻って封筒を渡すと、拓斗は中を見て驚いた顔をした。
「いいのか?」
「ああ。その代わり、すぐに返してくれよ? 俺だって、余裕があるわけじゃないんだからな」
「分かってる」
すると拓斗は、ちょっと微笑んだ。
「風間はやっぱり優しいな。襲われてパニックになって、誰に助けを求めようかって思った時、お前の顔しか浮かばなかったんだよ。つるむ仲間なら大勢いるけど、本当の友達なんていなかったんだって、身に染みて分かった気がする」
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