第1話 王妃の茶会

1/8
前へ
/902ページ
次へ

第1話 王妃の茶会

 そのお茶会は、王妃のために建てられた、王城の離宮の中庭で催される予定だった。  招待されたのは、十三歳から十五歳までの貴族令嬢たち。控えの間として用意された部屋には、十数人の令嬢とその母親、おつきの侍女たちが集められていた。  それぞれに豪奢(ごうしゃ)なソファとテーブル、触れるのも恐れ多い高級な茶器に、手の込んだ芸術的な菓子がサーブされている。  中には侍女を数人連れている令嬢もいて、王城の女官や警護の騎士なども合わせると、控えの間にはかなりの人数がいた。しかし、圧迫感を感じることはなく、部屋はゆったりと過ごせる程度の広さがあった。立派な調度品といい、この控えの間で茶会を開いてもおかしくないほどである。  ここブラオエルシュタインでは、貴族の令息・令嬢たちは、一般的に十五歳で社交界デビューを果たす。十三歳くらいから身内のパーティーなどに出席する者もいるが、本格的なデビューは、年に一度王城で開催される大規模な夜会でおこなわれていた。  今日、王妃に招待されたのは、デビュー前の令嬢のみ。そんな年端もいかない令嬢たちが、いきなり王妃のお茶会に招待されるのは、近年では異例のことであった。  王妃のお茶会と称したこの会は、その実、王位継承者である王太子殿下のお見合いパーティーである――  そんな囁きが控えの間に流れ、招待された各家が適度な距離をとつりつつも、それとなく探りながら、お互いを牽制し合っていた。 (お義父様(とうさま)たちは、このことをご存知だったのかしら……?)  部屋中で、ひそひそと繰り広げられる噂話を耳にすれば、社交界にうといリーゼロッテにも、自分に招待状が届いた理由が理解できた。 「お嬢様、お加減はいかがですか?」  物思いにふけっていると、お茶会に同行した侍女のエラが、いつも以上に青白い顔の主人を、心配そうにのぞき込こんでいた。 「大丈夫よ、エラ」  座っている椅子の背後に控えるエラを振り返り、安心させるようにリーゼロッテはそっと微笑んだ。その姿は何とも儚げである。  ゆるくウェーブのかかった艶やかな蜂蜜色の金髪に、エメラルドを思わせるような緑色の瞳。伏せられたまつげは長く、その頬に濃い影をおとしている。すべらかな肌は白磁のように白く、血の通わない人形のようにも見えた。  パステルグリーンのシンプルだが可愛らしいドレスは、華奢(きゃしゃ)なリーゼロッテをさらに可憐にみせている。アクセサリーは、首に下げた一粒の青銅色のネックレスだけだったが、ごてごてと飾り立てるよりも、リーゼロッテの美しい肌をいっそうひき立たせていた。  リーゼロッテは領地の館から、ほとんど外に出たことがなかった。直射日光に当たることもない不健康な生活だが、自分の体質を思うとそれもまた受け入れざるを得ない。  リーゼロッテは伯爵家の令嬢として、このお茶会の招待を受けた。義母親(ははおや)のクリスタは、足に怪我を負っていたため、同行したのは侍女のエラだけだ。社交界デビュー前の令嬢を、母親のつき添いもなしに王妃のもとに送り出すのは、普通ならあり得ないことである。  しかし、リーゼロッテのたっての願いで、クリスタにはこのお茶会を欠席してもらった。本当はけがを押してでも同行しようとしたのだが。  このお茶会においてリーゼロッテの最大のミッションは、致命的な粗相(そそう)をしないこと。  この一択である。  つまずいて転ぶなり、お茶をこぼすなり、何かしらのことはやらかすだろう。なぜなら、それはリーゼロッテだから。  リーゼロッテが生まれてこの方、大小差はあれ、粗相をしなかった日があったであろうか。何もないところで転ぶのは日常茶飯事、食事中に皿をひっくり返したり、屋敷の調度品を破壊したりなど、トラブルは枚挙に(いとま)がない。  情けないことだが、自分のドジさ加減は、リーゼロッテ自身が一番よくわかっていた。母親がついていようがいまいが、粗相は避けられないのだ。それはもう宿命のように。  だとするならば、ダーミッシュ家の家名を汚すような、大それた失敗だけは避けなければならない。自分より上位の令嬢を巻き込んで、キズのひとつでもつけようものなら、とんでもないことになりかねない。  母親がそばについている状況では、伯爵夫人の恥になり、ひいてはダーミッシュ伯爵の立場が悪くなる。そんなことを気にするような両親ではなかったが、リーゼロッテひとりの参加ならば、デビュー前の子供のやらかすこととして、それほど大ごとにはならないと踏んだのだ。  自分自身は笑いの種にされるだろうが、このお茶会と社交界デビューさえ乗り切れば、もう(おおやけ)の場に出なくてもよくなるだろう。
/902ページ

最初のコメントを投稿しよう!

333人が本棚に入れています
本棚に追加