カイスの剣

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 巡り巡る季節の中で、もっとも日差しが強くなるこの時期、美味しい作物がたくさん採れる。特にこのカイスは、地下から引いた冷たい水に浸しておくと真っ赤な果肉の甘味が増してそりゃあ美味しい。きっと今年のカイスもみんな喜んで食べてくれるだろう。  「今どき作物育てても儲からんっちゃぁ」  「畑つぶそや。そしたら毎日ぐうたらできるでな」  「んだんだ。そいがええ、ええ。ええったら、ええ」  いつの間にか、僕の周りに日焼けしてシミだらけのおじさんたちがたむろしていた。いつからそこにしゃがみ込んでいたのか分からない。おじさんたちは急に現れ、何の脈略もない話をしだす。  「ウロタも無理しなや?オイたちみたく干からびて死んじまうだや」  「いっそ死んだほうが楽っちな」  「そいがええ、ええ。死んだら暑くもねければ、寒くもねや」  「んで、楽しくもねや」  「…………」  僕は何と返したらいいのかわからず、頭から汗をふき出しながら、ただじっとカイスに視線を落としていた。  おじさんたちは、息をするように悲しい言葉を連ねていく。  「死のや、ウロタ」  「ええ、ええ。死ぬんがええ」  「早う何もないとこ、行こ。な、ウロタ」  「いや、僕は、ここで……作物の世話を……」  次第に僕の意思とは関係なく目玉が視線をあっちこっちに移動しはじめて、視界がひどく歪んだように見え始めた。そして、手元にあるカイスの輪郭が白くぼんやりとし始めたころ、指や足先が氷にはさまれたみたいに冷たくなってきた。  痛いな、寒いな。体に力が入らない。  なんだかすごく眠い。おじさんたちの声が歌のように聞こえる。嫌な和音なのに、どこか心地いい。まるで子守唄のようだ──  ──ボグッ!!  「あだっ」  「いだやっ」  「バレたかやっ」  鈍い音がしたかと思うと、ウュゥウウン…となんとも言えない情けない声が三方向から聞こえた。視界の端にポトリと何かが落ちたが、今の僕にはそれが一体何なのか確認する余裕がなかった。  「ウロタ」  土の匂いに紛れて甘辛い香りが鼻と口を通り、脳の頂点へ駆け上っていく。白いモヤのようだったカイスが途端に輪郭と重量感を取り戻した。僕は、「あっ!」と声をあげ、空気を吸いすぎて破裂しそうになっていた肺から息を抜く。咳が出るのと一緒に涙と鼻水も出た。  肺の気がすむまで咳をしている間、僕の背中を温かい手がずっと優しく叩いてくれていた。その手のぬくもりが全身に行き渡り、冷たくてちぎれそうだった手と足の指は、徐々に血を巡らせはじめ、自由に動かせるようになった。  僕は、鼻水を袖でぬぐって顔をあげた。  「ありがとう、エケカ。死に損なったよ」  「やっぱり1回頭に衝撃を加えないと治らないか……」  軽々と掲げられた、白く太長いコンダイが眩しい。そこでようやく僕は覚醒した。  「治った!治ったよ!エケカのおかげで死なずにすんだよ!ありがとう!!」  「そうか、良かった」  エケカはニカリと笑った。  なんだか、全身から力が抜ける。どっと疲れが溢れだして、座っていられなかった。ふわふわと赤土に仰向けに倒れると、土煙があがった。咳が出る。エケカは、手を扇いで土煙を飛ばすと、僕の顔の横に落ちている"シーマの種"を拾った。  シーマとは、さっきのおじさんたちを含む、とある種子植物のことだ。彼らは、この種が見せる幻覚。シーマの種は軽く、どこからともなく飛んできて人間にくっつく。種は、人間の生気を養分にして育つのだ。生気を吸っていることに気付かれないように幻覚まで見せて。生気を吸われ、死んだ人間の横には必ず黒にも似た不気味な紫色の大輪が花咲く。  ちなみに、シーマの種は"カウラタ"という種族の人間の生気を好む。  カウラタとは、作物を育てる種族の名称だ。カウラタの血に流れる力は、土地を豊かにする。彼らは土地を育むため、これまでに様々なものを生み出してきた。この赤土もその一つだ。   「ごめん、僕、これで4回目だね」  実は、今年だけですでに4回シーマに襲われていた。言わずもがな、僕はカウラタだ。しかも、カウラタの中でも最弱といっていいほど狙われやすい。というのも、カウラタは平和主義だ。静かな土地でのんびりと土地を耕していたため、争いとは無縁の種族。しかも、変に力をもっているため、重労働さえしていない。それが原因で精神的にも肉体的にも抵抗力が一切ない。僕は、それに加え、頭が悪いので人の話を鵜呑みにする。だから、幻覚を見せられていることに気が付かないことがよくあった。  エケカは、ペンのように小さな小刀を懐から取り出した。その切っ先を僕の生気を吸って手のひら大にまで巨大化したシーマの種に突き刺す。すると、小指の爪ほどの大きさの穴からドロリとした濃い紫色の液体が溢れ出た。シーマの血だ。腐ったブカをドブに投げ込みふやかしたような臭いがする。  エケカは、その鼻がもげそうな強烈な臭いを放つ血を木筒に流し込んだ。全ての血を木筒におさめると、ポケットから取り出した小瓶の中の透明な液体を一滴、血に混ぜた。瞬間、シュワシュワと液体が弾ける音とともに花の蜜のような甘い香りが木筒から漂ってきた。  「ほら、飲め」  浄化されたシーマの血は特効薬になる。特に、シーマに生気を吸われて衰弱した人の早期回復に役立っている。ちなみに、このシーマの血を浄化する薬は僕のおばあちゃんが生み出したものだ。  「……オエエッ」  この薬、良い匂いはすれど、味そのものはシーマの血だ。浄化する前の血を飲んだことがあるわけではないが、こんなに不味い血が流れてるのはシーマくらいしかいない。他の血と比べたことはないけれど。  「今日は3匹から生気を吸われたからな。まだ2匹分残ってるぞ」  「あとはごはんをしっかり食べて徐々に回復するから大丈夫だよ……」  「のんびり屋め。いくら私が守ってやっても、ウロタがそんな様では守れるものも守りきれん」  エケカは、女性には珍しい"カオテタ"という種族だった。作物の生育を得意とするカウラタに対し、カオテタは戦闘を得意としている。カウラタは、カオテタに豊かな土地での暮らしを提供し、カオテタはカウラタに平穏な暮らしを約束する。ふたつの種族は、不足を補い合い、利益をわけあって生活していた。  「ウロタは特に細くて生気が少ないんだから血薬を飲むのを日課にしてもいいくらいだと私は思う」  「この時期は生気を吸われるのとセットで日課だよ」  「ああ…難儀だな……やはり私がもっと強くなってウロタを守るしかなさそうだ」  "カオテタには剣を カウラタには盾を"という言葉がある。これは、この村に昔から伝わる言葉だ。カウラタは盾をもって土地を護り、カオテタは剣をもって村にふりかかる禍を討ち払うという意味であると教わったことがある。つまり僕らは、守り、守られる関係だ。  「家まで送ろう。ついでにそのカイスも切りわけてやる」  エケカは、年も同じで家も隣同士の幼馴染だ。小さいころは、よく家の裏にある森で探検ごっこなんかをして遊んでいたのだが、それぞれ能力が顕著に現れはじめる10歳を境に一緒に遊ぶことはなくなった。エケカは訓練に精を出し、努力した分しっかりその能力を伸ばしていった。  一方、僕はあの頃から何ひとつかわらない。赤土を増やそうとしても、作物を狙う獣を追い払う花を強く育てようとしてもできなかったし、何も生み出せなかった。僕ができるのは、せいぜい地下から水をくんできて作物にかけてやることぐらいだった。この歳にもなって力がつかえないのは、村では僕だけだった。  「立てるか?」  僕の手より一回り小さいはずの手が大きく感じる。見れば、エケカはコンダイとカイスを一緒くたにして小脇に抱えていた。バランス感覚がいいというか、その腕力どうなってるんだというか。  「……エケカは強いなぁ。すごいや」  「当然だ。強くなければウロタも村も守れない」  自信に満ち溢れた表情がより一層エケカを輝かせていた。
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