カイスの剣

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 僕の家には土地のあちこちで採掘した数百種類の鉱石が散らばっている。この鉱石を組み合わせてカオテタ族が使う剣などの武器を作るのだ。特にライモンドという鉱石は最も硬度が高く、最上級の武器を作ることができた。  僕は、入ってすぐの作業場の椅子にエケカを座らせ、怪我の手当てをした。  ほとんどが擦り傷や打ち身で、どれもカオテタにとっては大した傷ではなかった。問題は、黒く変色した左腕の方だ。最初に見た時は二の腕の部分で変色は止まっていたが、今見ると肩にまで及んでいる。エケカの顔色も悪くなる一方だ。おばあちゃんが作ったあの薬は、完全に死を止めるものではなく、進行を遅らせるだけのもののようだった。  闘いの時に邪魔にならないよう、柔らかい木の蔓で左腕を胴体に巻き付けていると、エケカが衝撃の一言を放った。  「左腕を肩から切り落としてくれないか?」  僕は一瞬何を言われたのか、わからなかった。  「な、何も切り落とさなくたって…!」  「邪魔なんだ」  「え……」  初めて聞く冷たい声音だった。地底湖の冷たい水を思い出す。  「シーマを倒したとしても、この腕は元には戻らない。どんな新しい特効薬ができたとしても、効かない。死んだものは生き返らないんだ」  切り落としてくれ、と決意に満ちた大きな瞳が真っ直ぐに僕を映す。エケカの瞳の中の僕はなんとも言えない情けない顔をしていた。  膝の上に拳を置いたままの僕を見て、エケカは顔を歪ませた。  「……すまない、ウロタ。酷なことを頼んだ」  「い、いや……僕の方こそ、ごめん……」  あまりにも情けなくて、エケカの目を見ることができなかった。  どうにかできないんだろうか。僕は本当に何もできないんだろうか。エケカの腕を直す薬さえパッと作れればいいのに。やっぱり僕は能無しなのだろうか。  自問自答が続く。皆、次の一歩を踏み出したというのに、僕はこんな時でさえ、その場で足踏みをしているのだ。  「……エケカ…?」  錆びた刃がエケカの左肩に添えられていた。僕はいいしれない恐怖を味わった。  「ばか!!やめろ!!!」  「ッ!」  思わず、殴ってしまった。  派手な音をたてて剣が床に転がる。  「あ、ごめん!!」  初めて人を殴った。エケカを。そうか、こんなにも痛いのか。  胸が張り裂けそうだ。  「でもお前ッ、もっと自分を大切にしろよ!お前はいらなくなったものはすぐに捨てちゃうのか!?それがどんなに大切なものでも、捨てちゃうのかよ!?」  「……捨てない」  「だったら…!」  「でも」  口の端から流れる血が滲んで、広がる。  「より大切なものを天秤にかけた時、どちらかを捨てる覚悟はある」  その涙に代えられる覚悟って、一体何なんだ。  「そうだ、火を焚いてくれないか。切り落とした後、焼いて止血しなければならない」  「お前…!」  エケカの覚悟は固いらしい。転がった剣を拾いに行く。そのおぼつかない足取りは見ていて痛々しい。しかし、そんな姿になっても、エケカの芯の強さは揺るがなかった。  そうだ。僕もいい加減、振り切った覚悟を持とう。  「ウロタ…?」  こけそうになりながら、エケカより先に剣を拾いにいった。  こんな剣、折ってやる。  「待て!やめろ!!ウロタ!!」  最も硬度の高いライモンドに目がけてエケカの剣を振り下ろす。しかし、剣と鉱石がぶつかる寸前、不思議なことが起きた。  僕の掌から黄金の花びらが舞い上がり、剣を包み込んだのだ。  「えっ、何?何!?」  「ウロタ!離れろ!」  「痛!?」  エケカに思い切り腕を引っ張られて後方に派手に転がった。初めて雑に扱われた気がする。あちこちボロがきた体なので力の調整がきかなかったのだろう。  エケカの剣は相変わらず黄金の花吹雪の渦の中にいる。時折、高い金属音が聞こえていた。  「ウロタ、何か知らないが、やっぱり力があったみたいだな」  「そうなの…?」  あまりにも突然のことで、あまりにも予兆のないことだったので戸惑うほかない。実感のないまま、なんとなく手のひらを返してみると、所々黄色くなっている。この色は、間違いなくカイスの花の色だ。しかし、なぜ僕の掌に染み込んでいるんだ?  「……あ!」  そうだ、家の前でおばあちゃんと話しているとき、水桶に手を突っ込んでそこでカイスの花を握りつぶした。これは、そのときのものだ。  「カイスの花か……ウロタ、一番好きだったからな」  「そうだけど……」  好きな作物の花が力の起因になったのかどうかはわからないが、僕にも力あったことがわかって安心した。しかも、その力は今現在エケカの剣に何かしらの良い働きをしているみたいだし。  花吹雪が徐々に大人しくなってくる。  手を差し出すと、まるでそこが仕上がりの場であるかのように、エケカの剣は僕の手の上に落ち着いた。瞬間、落としそうになる。かなり重いのだ。鉄でできているから当たり前なのだが。  「というか、これ、鉄…?」  鉄というには金色で、金というには穏やかな光を放っている。  そう、この色はまるで……  「「カイスの花」」  思わず顔を見合わせて、再び剣に視線を戻した。  「そうか……そういうことか……」  急に意味深長に頷き始めたエケカ。  「何がわかったの?」  エケカは、今一度うんと頷いて自分の中で確信を生み出してから僕を見た。  「『カオテタには剣を カウラタには盾を』。この意味がまさにこの剣に込められているのだと思う」  「それって、カウラタは盾をもって土地を護り、カオテタは剣をもって村にふりかかる禍を討ち払うという意味じゃ…」  「私も最初はその説明を鵜呑みにしていた」  なんか少し馬鹿にされた気がするぞ。  「ふたつの種族は、不足を補い合い、利益をわけあって生活していた……矛盾していないか?」  「…………」  「カオテタが剣をもって村のために闘うのはわかる。しかし、カウラタも村を護るのは何故だ?」  「それは、自分の村だからでしょ」  「合っているが、少し違う。カウラタは土地をつくる種族だ。言ってしまえば、カウラタ自体が村なんだ」  「……なるほど?」  つまり、村が村を護るのはおかしいということか。しかし、カウラタが村を護る必要がなくなってしまえば、"不足を補い合い、利益をわけあう"という理念が成立しなくなってしまう。  「村を護るとき、カオタテはすでにカウラタからもらっているんだ」  あらゆる禍を打ち払う、この剣を──  「カイスの剣?」  「その名前でいくのか?私は構わないが」  「僕の大好きなカイスの花から生まれた剣だからね」  「……ふふ、気に入った!」  死の淵に立っていたはずのエケカは、いつのまにか顔色がよくなっている。瞬きとともに緩んでいた口元は引き締まった。  彼女はカオテタで、僕はカウラタだ。  「この剣は必ず君と君の仲間を守ってくれる」  「この剣で必ずあなたとこの土地を護ってみせる」  すべての道がつながった。もちろん、僕もその道にいる。  ただの足踏みはもう飽きた。皆から遅れた分、巨人も驚く大股の足跡を作りに行こう。        
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