1人が本棚に入れています
本棚に追加
「ぼくは転校生のA田 B彦、45歳! 妻と離婚して現在シングルファーザーです。よろしく」
黒板の前で満面の笑みの制服着た小太りちょいハゲのオッサン。ざわつくクラス。連れてきた男性教員の方がずっと若く見えるぐらいに立派なオッサンだ。隣の幼なじみが俺をつついて言った。
「……あれ、C太郎のお父さんだよな?」
やまないヒソヒソ声、俺を見だすクラスメイト。そうです、父親。血を分けたファーザー。まごうことなき肉親。
俺の視線に気づいたのか、転校生の父親が少し恥ずかしそうに顔を赤らめて手を振った。やめろ、本当にやめてくれ。
「それじゃあ席は……息子さんのA田C太郎くんの後ろにしよう」
「はい。わかりました」
オッサンがドスドスと机の列を通り抜け、俺の後ろの席に座る。そしてさっきの幼なじみみたいに、俺をつついて言った。
「C太郎くん、よろしく!」
今日、自分の父親が俺の高校のクラスに転校してきた。
チャイムが鳴る。号令、朝のホームルームが終わった。次の授業の用意をしなくては、とさっきまでの現実を忘れようとした。というか信じたくない。それなのに、後ろの席の転校生、もとい親父は俺の席まで椅子を引っ張ってきて並んだ。嬉しそうだ。とにかく、家では見たことがないような笑顔。
「C太郎、C太郎、よろしくな! いやーびっくりしただろ? 同じクラスになれて良かったー」
まるで昔からの友達のように話す父親にクラスからの視線が痛い。仲のよかった友達は遠くから見ている。女子も集まってヒソヒソしてる。どうしよう、孤立してしまう。
「親父、なんのつもりだ」
出来るだけ冷静に言ったつもりだったが、けっこう苛ついてしまっていた。それが出たのか、親父は「えー」と少し悲しそうに眉を下げた。やめろ、ハゲ親父。おまえそんなキャラじゃねえだろ。
「パパ、ずっと通信制の高校行ってるって言ってただろ? でも遠くて面倒になってきたんだ。単位とれたから家の近くの高校に通うことにした。よろしくな」
「絶対やだ。お前が来るなら俺が学校やめる」
「ねえ」と女子の声がした。いつの間にかクラスのギャル系が寄ってきて囲まれていた。
「B彦くんってC太郎くんのパパって本当?」
「シングルファーザー? じゃあ、B彦くんと結婚したらC太郎くんが息子になるの?」
「それウケるー! B彦くん、あたしと付き合おっかー」
「だめだめ! ぼくが犯罪者になっちゃうからデートは20歳を越えてから!」
きゃっきゃと女子と親父が目の前で楽しそうに話す光景を見せつけられている。なぜだろう、何か悔しい。置いていかれた感がすごい。
と、突然教室のドアが開いた。やって来たのは教頭だ。ハゲ親父と同じぐらいの年の、怖い教頭。朝から教頭が来るなんて、とクラスが一瞬固まった。親父も女子も静かになった。教頭が親父を見つけると素早く近寄る。教頭先生、そいつです。どうかその不審者を追い出して。
俺がそう願ったのにも関わらず、教頭は女子が避けた親父の隣に来ると親父の肩を叩いて笑う。
「B彦、おまえ制服似合わないなあ」
「D夫! いや、そういえばお前、教頭先生だったなー。よろしくな」
「そこは敬語使えよー。同級生だからと言って、容赦しないぞ」
がはは、とオッサン同士で盛り上がる二人。え? 親父と教頭が同級生?? 全くの初耳だ。オッサン二人の仲良しな光景に、ざわめいたのは男子だ。
「おい、C太郎の親父って教頭の友達だってよ」
「マジか。仲良くしといた方がいいな」
そんな会話がチラチラ聞こえた。
(ハゲ親父が息子の高校に転校したらチートかよ!)
親父の周りに青春の花が開いていくように見える。オッサンの楽しそうな笑い声だけがクラスに響いていた。
最初のコメントを投稿しよう!