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「フォルジュ・アレス」
榛原が1つの名を口にした。
「僕を助けてくれた軍人の名だよ。彼は管理課の人間で…シュタールとアイゼンのお父さん。彼が僕にしてくれた事に感謝して、それを還したくて僕は軍属を選んだ」
コーヒーを一口。ブラックのコーヒーが丁度良い。
「ずっと感謝を伝えたくてフォルジュ氏を探した。でも見付かる訳もないよね。秘匿部隊だからさ。でも軍学でシュタールを見付けた。僕から接触をして、それが繋がった。シュタールが影になった時、僕が軍学で接触をした事を覚えていたシュタールが、僕の班を壁にしたいと打診して来たんだ」
「…断った…んだよな?以前、そう聞いた」
「そう。断ったんだ。管理課に感謝を還すチャンスだったけど、それは僕個人の話。2班のみんなを巻き込みたくなくて、その場では断り一旦保留にした」
「保留?」
「シュタールは僕を欲しがった。僕と共闘したいと言った。そんな折、黒曜の一件だよ。黒曜が他のエンジニアに酷く当たられているのを見て、どうしてもそこから救いたかった。でも当時の僕とアインスには上官合意異動の権限がなかった。…だから…」
「だから?」
榛原は更にコーヒーを飲む。本当はこんな事を黒曜に告げたくはなかった。
「…黒曜を引き抜きたいから力を貸して欲しいと、シュタールに懇願した。代償は、僕だけがシュタールの壁になるがシュタールの思い通りに動く事。…僕は…2班を巻き込まず壁となる事を、黒曜を利用してシュタールに飲ませたんだ。…いや、違う。…僕は…黒曜を助けたくてシュタールを利用したんだ…」
この告白は黒曜に何かを落とす。
無感情しかなかったエンジニア班での生活から引き抜いてくれた榛原に、黒曜は表にはあまり出す事はなかったが感謝をしていた。勿論、それまで必死に黒曜を擁護してくれたアインスにも感謝の気持ちはある。
──『そっか。君、仕事が出来そうだからうちに欲しいくらいだよ』
あの時、榛原が黒曜に伝えた言葉。
素直になれなかっただけで、でも嬉しかった言葉。
「…僕が…僕がシンハラの妹だから…」
「黒曜?」
「別にシンハラは、僕の仕事っぷりが欲しかった訳じゃなかったんだね…」
嬉しかった筈のその言葉。
「もう何を言っても言い訳にしかならない。2班に専属エンジニアが欲しかったのも事実。黒曜を助けたかったのも事実。シュタールの申し出が嬉しかったのも事実。管理課に近付きたかったのも事実。2班を巻き込みたくなかったのも事実」
「…」
「全部、全部僕の個人的理由。菫青、黒曜、僕、それとシュタール。全部知っているのは僕しかいないのに、誰にも何も言えなかった。言ったらこの関係が壊れる。シュタールと菫ちゃん、僕と黒曜、シュタールと僕。…言える訳ないよ!」
「シンハラ…」
「いっそ罵れよ!僕がずっと黙っていた事を!黒曜にはその権利がある!」
普段黒曜と接する時の様な柔らかい表情ではない。かと言って仕事に入った時の様な鋭い表情でもない。ずっと溜め込んでいたモノが暴発する、そんな表情の榛原に対して黒曜は言葉に困った。
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