◇019/そよぐ風の隙間から掴まえた君に僕は何を思う

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「…罵れる訳、ないよ。シンハラの事情なんて僕が知る由もないし、勝手に僕が仕事を認めて貰えたんだと勘違いしただけだし。何だか残念に思ったのは確かだよ。でも、シンハラが僕をあの場から離してくれた事には本当に感謝している。…僕はわかっているんだ。シンハラに感謝こそあれ、罵る事はしないししたくない」 ──罵る訳、ないよ。 どんな理由であれ、榛原が黒曜を助けたのは覆せない事実。黒曜にとって榛原は、僅かな隙間から差し伸べられた救いの手だった。 榛原は漸く見付けた妹の1人を救いたくて、その狭き隙間に手を差し込んだ。閉まっていた穴を『シュタール』と言う楔を打ち込み、強引に少しだけこじ開けて手を差し込んだ。それに黒曜は手を添えた。引き上げられた。 「なぁシンハラ」 黒曜は立ち上がると榛原の直ぐ横に立つ。見下ろす様な形になる。両手を伸ばし、彼の胸ぐらをそっと掴むと自分に引き寄せる。 「…シンハラ、僕が嫌いか?」 「そんな事はない」 あの時と同じ事を尋ねた。そして同じ事を返された。 「じゃあ、僕が好きか?」 「黒曜の求める『好き』がどれかはわからない。もしかしたら黒曜の『好き』と僕が思う『好き』に相違があるかもしれない」 きっと榛原は覚えている。だから同じ様に答える。 「でも『好き』と聞かれたならば、僕は『好き』と答えるよ」 榛原の言う『好き』は兄としての『好き』。あの時の何とも言えない表情の理由が漸くわかった。胸ぐらを掴んでいた手を離す。そのまま榛原の首に腕を回すと、肩に顔を埋めた。 「シンハラ、ありがとう。幼い僕達を見付けてくれて」 東方にそよぐ風の隙間に見付けた黒曜と菫青を迎え、榛原は楽しかった日々を思い出す。 「シンハラ、ありがとう。ずっと僕達を心配してくれて。ずっと僕達を探してくれて。僕をあの闇から引き上げてくれて」 西方にそよぐ風の隙間から差し伸べられた手を掴み、黒曜は昏く淀んだ狭い世界から榛色に輝る小さくとも明るい世界へと引き上げられた。 「シンハラ、ありがとう。本当の事を教えてくれて。僕が僕でいられると、背中を押してくれて」 東方にそよぐ風の隙間から知った事実に動揺した。それまで考えた事のない事だったから。だが榛原は答えてくれた。榛原は個人的理由と言うが、自分を含め周囲を守りたいと言う気持ちは痛い程に伝わって来た。 「シンハラ。僕を好きと言ってくれてありがとう」 西方にそよぐ風の隙間から捕まえた黒曜は、あの頃からは考えられないくらい素直に笑う様になった。残念ながら、それは榛原の功績ではない。 「シンハラ、ありがとう」 榛原が抱え続けていたモノが、少しだけ下ろされた気がした。罪悪感が少しだけ消えた様な気がした。 ──────────────
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