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「待て、どうして急に…そんな」
持っていたグラスをテーブルに置くと、しっかりとイーヴルを見据える。そんな事を急に言われたら誰だって困惑する。
「アイゼンだって見ただろう?港湾祭の時の俺を」
港湾祭、それは中央管轄区で毎年行われる祭りの1つだ。今年は通常開催に加え、海兵と陸兵による艦船攻防演習が組まれた。演習そのものは、何のトラブルもないように終わらせられた。
問題はその裏で行われていた『影と壁案件』にある。艦船爆発阻止と、演習要員海兵1人の拘束だった。拘束の為にターゲットの足止めが必要だったのだが、その場面になった時にイーヴルは支援射撃が行えなかったのだ。撃たなきゃいけないと頭では理解していたし、撃とうとした。だがイーヴルの身体が言う事を聞かない。小さく指は震え、誤射を孕んだその狙撃体勢にアイゼンがストップを掛けた。イーヴルからライフルを離すと、アイゼンが支援射撃を行った。
暫く現場で震え続け、青い顔をしていたイーヴルにアイゼンはひどく心配したものだった。
原因は何となく察してはいる。きっとその前の西方国境戦、だろう。
「俺はもう、人を撃てないんだ。そんなのが狙撃手としていられる訳、ないよな」
困った様に笑いながら、イーヴルは漸くグラスに口を付ける。
「…リアンは?リアンには言ったのか?」
「いや、まだ。でもリアンは俺をもう見限っている」
「は?」
「何気ないところでわかるよ。あいつ、あれでも隊長だからな。そう言った所はえげつない程に厳しい」
「…待て…」
「特殊部隊なのに、使えないんじゃ意味がないんだ。リアンは隊長としてしっかりと理解している。俺がもう、人を撃つ事が出来ない事を!」
アイゼンはイーヴルの全てを知っている訳ではない。軍学の時は一緒になる事は少なく、あくまでクラスメートくらいの認識だった。アイゼンやリアンに困る事なく付いて来る成績優秀者ではあるが、イーヴルが彼等を抜く事はなかった。
卒業後は2年間違う配属先だったし、それこそイーヴルの初配属先を知ったのは6隊編成に関連して資料を付き合わせた時だった。リアンは当然として、もう1人確実に優秀だと知っている人材をアイゼンは用意したかったのだ。その時に思い立ったのが、軍学成績3番目のイーヴルだった。
実際イーヴルは6隊でも良く付いて来てくれた。それどころか、アイゼンに扱い難いと思われている黒曜と上手く付き合い、6隊を壁に移行させるに重要な役を知らず知らずにこなした。
軍学3位は伊達ではなく、6隊においてアイゼンに次ぐ長距離射撃の精度を見せてくれていた。
そんなイーヴルが…。
──6隊を離脱する…?
それまでの酔いが一気に醒めた。
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