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話し声が聞こえる。煩い訳ではないが、それは眠りを妨げた。ゆっくりと身体を起こす。薄暗い部屋ではあるが、ここが自宅ではない事に気が付いた。だが見覚えはある。この寝具カバー、この部屋の配置。何度も見た。
──イーヴルの自宅か…。
自分の行動を思い返せば当然の結果だ。ここの所、ろくに寝られていない。それには理由がある。今後の事を深慮していた。
そんな中、いつものメンバーで飲みに出た。ろくに寝ていない状態で飲めば、眠気には勝てない。きっとイーヴルが背負い、ここへ寝かせたろだろうと簡単に推測出来た。
──喉が乾いた。
水分を補給しようと、リビングとの境界まで近付いた。引き戸の取っ手に手を掛けた所でアイゼンとイーヴルの会話がはっきりと聞こえた。
『イーヴルは…離脱したいんだな?』
『あぁ。もう人を撃てるとは思えない。もうここで役に立つ事は出来ない』
『…そうか』
重い話をしている。
──イーヴル…。アイゼンに話したのか。
黒曜は、相手がアイゼンで助かったと感じた。アイゼンなら不用意に口外はしないだろう。たとえリアンにも、不必要に喋る事はない。それが重要な事程、その辺は弁えている。
はぁ…。ひとつ息を吐いた。イーヴルから話をされ、ずっと考えていた事だ。離脱を望むイーヴルに、黒曜が出来る事。道は1つだと思っている。
引き戸に手を掛けた。静かにそっとそれを開ければ、イーヴルとアイゼンが驚いたようにそちらを見た。当然、言葉は出ない。
「…喉が乾いた」
何も聞いていない振りをしながら、しれっと2人の後ろを通過する黒曜。
「イーヴル、グラスを借りるよ」
キッチンに置かれている水切り棚にはグラスはない。仕方ないからキッチンボードからグラスを1つ手にした。
「あぁ、黒曜さん」
「…何?」
イーヴルがいつも通りの笑顔で黒曜の傍に来る。冷蔵庫を開けると、冷えたペットボトルを1本手渡した。
「はい。これ飲みな。アイゼンが用意してくれたから」
青いラベルが巻かれたペットボトルのキャップを開け、中身をグラスに注ぐ。それを飲めばアルコールによって失われた水分が補われる感じがする。
「アイゼン、ペットボトルをありがとう」
もう1杯飲んだところでグラスを洗い、水切り棚へひっくり返して置いた。
「…イーヴル、ありがとう。僕を寝かせてくれて。じゃあ、おやすみ」
そう告げると黒曜は再びイーヴルのベッドへと潜り込んだ。やるべき事は決まった。
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早朝5時。隣で眠るイーヴルを起こさないように黒曜は行動を始めた。そっとオレンジの髪を撫でてからベッドを出る。
「イーヴル。今度は僕がイーヴルを守る番だから」
引き戸を開けてリビングに踏み込めば、ラグで毛布に包まるアイゼンを目にする。
「アイゼン、イーヴルの話を聞いてくれてありがとう」
冷蔵庫を開けると、アイゼンがくれたペットボトルを取る。簡単に支度をすると、黒曜はイーヴルの部屋から司令部へと歩き始めた。
早朝の空気は冷たく、正直こんな時間から歩きたくはなかったが、どうしてもの用事が出来たから仕方がない。
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