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自身の身分証を提示し、6隊の事務室の鍵を受け取る。人気のない司令部を黒曜はゆっくりと歩いた。夜勤の人もいるが、昼間に比べたら断然静かな空間だ。
鍵を開けるとまず、エアコンを入れた。少しくらい空気は温めたい。それからコーヒーを淹れて適当な雑誌を手にすると、ソファーを陣取り目的の人物を待つ。
がちゃり、とドアノブが軋む。
「おはよう、隊長」
入って来た人物に黒曜が先制した。
「おはようございます、黒曜さん。早いですね」
「隊長を待っていた」
「昨日、寝潰れていたじゃないですか。良くこの時間に来られましたね」
「まぁね」
ここ最近のリアンは纏う空気が違った。黒曜が思うに『非情寄り』なリアンだ。どこか心無い感じがする。
「隊長、僕と話をしてくれないか?」
「珍しいですね」
「たまには隊長とさしで話したくてさ。いつも隊長の傍にはアオイがいるだろ?大事な話が出来ない」
「アオイに言って、離れて貰えば良いじゃないですか」
「まぁ、ね。…でもそれだと何かを覚られる」
「何かって、何ですか」
「…『何か』だよ」
リアンもマグカップにコーヒーを淹れて、黒曜の向かいに座る。
「で、黒曜。僕に何を言いたいんだ?」
──『黒曜』か。僕を呼び捨てにするなんて、相当いらついているな。
乖離している。黒曜はリアンの過去を知らない。リアンが子供の頃どうだったとか、軍学の時にどうだったとか、そんな事は知らない。書類上の事しか、知らない。
6隊が置かれて、シュタールと榛原の指示で異動した黒曜だが、当初の印象は『爽やかが服を着て歩いている、そんな感じだ』だった。柔らかい風貌に穏やかな笑顔。こんなで隊を纏められるのだろうか、とすら思ったものだ。
仕事をこなす度にしっかりとしていくリアン。当初の考えは杞憂に終わった訳だが、別の心配事が浮上した。
『温情』と『非情』。
リアンは2面性を持つ。温情の為に非情になっていた筈なのに、壁として理不尽な仕事をして行くにつれ、それらはどんどん乖離して行った。
緋く染まる度に彼の非情の割合は大きくなり、あのブルーカーネリアンカラーのブレードを容赦なく振るう。
そして先日の西方管轄区国境戦。あれはもう、決定打だった。あのあとからリアンの温情は表向きであり、纏うものからちょっとした仕草に至るまで、黒曜が気付く程度に非情へとシフトチェンジしていた。多分、本人は気付いていない。
「ねぇ隊長、『僕の仕事』って何?」
この問いに、彼はなんと答えるだろうか。
「黒曜の仕事?エンジニアであり、6隊の後方指揮官」
ふぅ、と小さく黒曜は息を吐いた。
「そうだね。隊長から見ればそれが僕の仕事だよ。でもね、本来ここですべき僕の仕事はもう終わっている。今はサービス残業中」
「…どう言う事だ?」
「『僕の仕事』はね、ここを壁にする事。それなんだよ」
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