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◇005/『生きている事』の意味
◇005/『生きている事』の意味
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─Third party viewpoint.─
その日のカフェはいつもより混んでいた。18時を越えていたのに店内の席は軒並み埋まっている。
購入したドリンクを片手にルカは空席を探していた。差し当たり自分1人だからテーブルでなくても良い。1階席は空きそうにないから2階席へと向かう。窓際のカウンター席にひとつ、空きを見付けた。
「すみません。隣、良いですか?」
書類が綴られたファイルを見ていた、とてもサラリーマンに見えない男にルカは声を掛けた。
「どうぞ…って、何だルカじゃん」
そこに居たのはルカの兄の親友と呼ぶべき男、アイゼンだった。
アイゼンはルカを確認すると、ファイルを閉じて持っていたバッグに仕舞った。仕事の物なのだと思われるが、ルカには内容はわからなかった。仕舞うと言う事は、アイゼンももう内容の確認をする気はないらしい。
「アイゼンさん、1人ですか?…珍しい」
「何ですか何ですか?俺とお宅の兄貴は常にセットなんですか?」
あながち間違いではない。仕事上として隊長と副長と言う立場もあるのだが、軍事学校時代からの付き合いからか多くの時間を共にしているのも事実。勿論個々のプライベートもちゃんとあるのだが、隊員達もルカも、2人がセットで居るイメージの方が強い。
「リアンは今、西方管轄区に行ってる」
「出張ですか?」
「いや、プライベート。有給を取って人に会いに行った」
ルカはリアンの弟ではあるが思いの外、リアンを知らない。自分が12歳の時に突然姿を消したリアンと再会したのはほんの2年程前の事。ルカが知っているリアンは15歳のまま止まっていたが、実際に再会したリアンはその頃に比べて背も伸びて体格も良くなり声も大人になっていて、うっすらとした面影くらいしか残らない姿となっていた。
当然長い間、連絡も取れずに居た。8年間、リアンが何をして過ごしていたのかすらわからないし、それをリアンが話す事もなかった。
──知りたい。
はやる気持ちを抑えつつ、どこまでだったら問題なく聞けるのかを模索する。たとえ相手が兄の親友とは言え、聞ける事と聞けない事が存在する。
「俺は兄さんの事、何も知りません。アイゼンさんが言える事だけで構いません。…兄さんの事、教えて下さい」
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「俺とリアン、どっちが成績優秀だと思う?」
「…は?」
唐突に投げ掛けられた問いにルカは驚いた。それがどうリアンに絡むのだろうか。
「身内目線な感じになりそうだけど、兄さん…ですか?俺、軍部事情は知らないけど22歳でレッドライン昇格で小隊長ってかなり若いですよね?」
「そうだな。早いよな。でも俺だって22で副長ですよ?」
そう言えばそうだ。アイゼンだってリアンと同時期にレッドライン昇格候補ではあった。
「座学だけを見れば俺もリアンも大差がない。それこそ揃って主席クラスだから。だけど個別専門になれば差は出る。例えば遠距離狙撃は俺が上、近距離狙撃はリアンが上、体術なら俺が上、剣術ならリアンが上…ってね。そこに人間性を加えて行く。リアンはどこか甘っちょろいクセして変な所で完璧主義。何より面倒見が良いから人を束ねられる。俺は無理。ちょろくて心配になるリアンのサポートが丁度良い。…学校は俺を上位にしたけれど現場ではどうだ?あいつの方が上だろ?」
笑ったアイゼンがぬるくなったコーヒーに口を付ける。
「ルカ、リアンと一緒に飲んだ事、あるか?」
「それはお酒を…って事ですか?」
「そうだ」
「お酒はないです。ここでコーヒーは何度もありますけどね。いつも通りの笑顔でコーヒーを飲んでいますよ?」
「じゃあ、ルカは知らないんだな。あいつの『生きている事に乾杯』を」
「…『生きている事に乾杯』?」
──『生きている事に乾杯』
これはリアンとアイゼンの間では常套句。最近では6隊のメンバーも口にする様になった言葉。
「最初は実戦演習から怪我もなく帰還出来た事を喜んで2人で言い出した。でも何回目だ?4期生の冬に行った実地演習のあとからは重たい覚悟を背負う言葉になった。あいつが今、西方管轄区に行っているのも俺以外に女を含めて一定距離以内の親しい人間を作らないのも、ルカになかなか自分の事を話さないのも、その演習が原因…なんだろうな」
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