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「シンハラさん」
それまでずっと黙ったまま同席していたイーヴルが、初めて言葉を発した。彼は同席しているとは言え、本質的には部外者だ。だからあまり干渉する事はしないつもりでいた。だがそれは話の内容全てに納得出来たとしたら、だ。彼はまだ、納得していない。まだ不明な部分がある。それをそのままにしてはいけない。
「シンハラさん、どうしてそれをシュタールさんと菫さんに言わないのですか?どうして黒曜さんにも黙っていたのですか?あんなに傍にいたのに。『知っておきながら』何故黙っている事を選んだのですか?」
イーヴルが言う事も尤もだ。自分達には秘密にしろと言っておきながら、その理由はまだ告げられていない。
「そうだよね」
口許に手をやり、どこまで言って良いものかを深慮する榛原。管理課案件故に機密が絡む。言える部分と言えない部分が存在する。そして当事者である自分ですらきっと知らない部分もある。
「…僕側の話だよ、これは。もし菫ちゃんがシュタールの傍にいなかったら、僕の手の届く範囲にいなかったら、黒曜が僕を覚えていたら。きっと僕はすぐ黒曜に伝えたと思う。でも実際には菫ちゃんは僕の手が届くシュタールの傍にいて、黒曜は僕を覚えていなかった。…色んな関係を崩したくなったのが本音」
本音は自己都合だ。
「でもね、それとは別で言えない事情もあったんだ。…聞いたとして君達は黙っていられるのかい?」
「…管理課でも絡むんですか?」
「何故?」
「シンハラさんは表向きは一端の班長の様に振る舞っていますが、実際には結構な特権を持っている様に見えます。確かにシンハラさんも管理課を隠す壁ですが、それ以上に何かあるのではないですか?」
イーヴルが鋭く切り込む。
「アイゼンとリアンは軍学の頃からバディです。それでもリアンだけが壁になるのではなく、6隊全部で壁になりました。…でも貴方は?貴方とユーディさんだけが壁です。特例ではないのですか?」
「あーもう。イーヴル君、君には敵わないね。別に特権って訳じゃない。僕は僕個人の感情からシュタールの背中を1人で背負うと決めたんだ。それは管理課への感謝と恩義だ。何故ならば君達を保護しようとし、僕を生かしたのが管理課だからだ」
「それだけですか?」
「…何が言いたい」
2人の間にピリッとした空気が流れる。
「言っていない事、たくさんありますよね?俺が邪魔なら離席します。でも黒曜さんには全てを教えて下さい。黒曜さんは『当事者』なのですから」
それを言うとイーヴルは席を立ち、榛原と黒曜を残し部屋から出て行く事にした。本当は黒曜の傍にいるべきだ。だが話の内容を考えたら榛原と黒曜の2人でするべきだ。
「…ごめんね、黒曜さん」
備え付けのポットを使い、4人分のインスタントコーヒーを淹れる。2つは榛原と黒曜の前に置き、残る2つを手にしたままイーヴルはその部屋を出た。
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