夏の怖い薬局

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夏の怖い薬局

患者からクレームが入った。 やたらと最近自分だけを特別扱いして欲しい方々が増えてきている。 個人情報だからと、主張するが騒げば騒ぐほどこちらの記憶には残る。 名前を公表しても良いと、かつ業務時間内に電話で文句を言ってきた。 「録音させて貰いますから!」 「それでは、こちらも録音させて貰います」 言った言わないの水掛け論になるのは嫌だった。 長く薬剤師として働いてきた。まだまだ20年。 手が動き体が動く迄は働いていたい。 人生の折り返しの時期に研修薬剤師の勉強を始めた。 認定一年目を期に管理職ではなく、平社員として一から勉強するべく一般薬剤師として 定年まで働ける職場を探していて今の職場に至る。 就職半年で、管理薬剤師が辞めた。 面接の際も、管理職はもうしたくないと伝えて雇用契約を交わした。 長く勤めたら管理職には、ならないといけないと覚悟もあった。 これまでは、 病院での薬局長を経て調剤薬局を5店舗以上立ち上げをしてきて自分の調剤薬局を持ちたくて奮起してきた。 自分の母校で研修をして、保険請求の紙レセプト残業もつとめてきた。 手計算出来ないと、保険全体を見通せないと赤本や、毎年発行される「今日の治療薬」も自前で買って毎日分からない点は本で調べて書き込んで勉強してきた。 電卓片手に返礼が嫌なので細かく保険請求の紙を何度もチェックして20代が過ぎた。 30代はいかに在庫を減らすか病院での安全マニュアル作り、 勉強会資料、他の医療スタッフとの交流の資料づくり、 院内オーダリングシステムの導入。 全て、備蓄の薬剤を削って、病院の支出を抑えて新しい機械を導入するために。 なぜ?このチューブが必要なのか? 夜間の払い出しセット、 対応マニュアルを日々考えて過ごしてきた。 あまりにも閉鎖的ではあった。病院とは病人と医療者しかいない。 優しい人間もいたが、冷たい人間も沢山いた。 患者も、同じ。 病気だから気持ちが落ち込んでいる。 精神的に不安定なものだ。 イライラしていて当たり前であった。 スタッフ間の妬み、そねみも感じるなか。 患者の中でも妬み、そねみを感じとっていた。 患者は、知識が無いわけではない 。 インターネットで色んな情報を調べてきて勝手に弱者になっている人達を、 この10年ずーと観察してきた。 見ざる 言わざる 聞かざる コレが今の個人情報保護だと思う。 話さなければ、同僚の年下の薬剤師の給与がどれぐらいか?は分かる事はない。 自分と周りの仕事量を比べて ひがむ事も出来ないのである。 ただ、聞いてしまったら確認したくなるものである。 仕方ない。 薬剤師の平均年収も、調べたら直ぐに分かる。 経験はお金では買えないからと周囲からなだめられて、働いてきた。 これからも同じである。 給与を貰って働いている以上、毎日楽しく働ける職場なんて無いだろうと思っている。 働き方改革で残業出来なくなってきたが、 残業をしない自分磨きをしてきた人間はどうすれば良いのだろうか? 無理して、残業するのか? 割りきってプライベートに楽しみを見いだすのか? 私は後者をとった。 家族と過ごしたい。 普通に朝起きて身支度をし、朝御飯を食べて 娘の弁当を用意する。 日曜日は作り置きを作っておく。 娘が母親になったら? 私のルンルンを分かち合いたいのだ。 自己満足でしかないのかも。 娘に美味しいものを食べさせたいだけ。 皆同じなのではないだろうか? 調剤薬局の平の薬剤師の仕事をバカにはしていない。 ただ、管理職になるとクレーム処理で気持ちが落ち込むのである。 影の努力は見えないし 伝わりにくい。 そんな姿さえも、娘には見られている。 娘は保険とは国のシステムで、日本は良い国だという。 子供の頃から体の弱かった娘は病院が大嫌いであった。 薬の味にもうるさかった。 そんな娘が保険の仕組みを知らないわけがない。 学校の授業でもジェネリック医薬品を習う時代だそう。 薬の開発も成分の開発であって、薬の商品名は後でつけられる。 最近は、一般名処方が多くなってきて薬の本当の名前の表記が多く見られる。 新薬も成分名になった際に分かりやすく名前付けられるようになってきたように思う。 古い作用の薬剤は、成分名の方が知られていて 大学で習うのも成分であり、商品名では薬理作用は習わない。 同じ薬に別名なんて無い方が分かりやすい。 どう人体に作用するのか?覚えるのに作用する薬剤の名前は似かよっている、丸々類と覚えた方がスッキリする。 簡単で良い。 何十年も勉強してきて、 無くなる薬は引き算して 新薬は上書き保存していく。 専門職とは、そういうものだと思う。 患者対応も時代が変わっても思いやりがあれば上手くいっているように思う。 第三者の干渉が無ければ、 薬の効能・効果を説明して同意を得る。 細かいことは後からでも付け足せる気がしていた。 初めから副作用の説明はしないで、良い効果だけを説明する。 マニュアル化されてきた暗黙のるーるである。 昨今、新型コロナウィルスに敏感になっている患者たちから色々な不安を聞いてきた。 不安は私も同じである。 病院も調剤薬局も、新型コロナの患者を出したくない。 個人を特定されたくない。 調剤薬局の管理職は、フルネームで記録が残る。 逆に患者から個人特定される側の人間になってしまう。 だから、もう患者第一主義はやめて家族第一主義になりたくて再就職したのである。 人生での平均年収10年間の最小価格で就職した。 だから?クレームの日々に嫌気がさしていた。 給与は、最低料金。患者は自分が弱者だと言って 電話でクレームを、言いたい放題。 奥で家族の 「もう、やめろよ」 の声も聞こえる。 受話器に何度謝罪しただろう。 六回以上? 先週の土曜日のこと。 で、週が明けて水曜日に保健所からの電話がかかってきた。 金曜日に、役人がクレームの件で来ると言う。 都合の良い時間に来てくれるとの事。 調剤薬局も医療機関なので、マスクが政府から送られてくる。 暑い梅雨の中も 毎日マスクをして、 透明のカーテン越しに 薬の説明をする。 字が小さくて読めないと何度も言われる。 赤マジックで大きく患者が、分かるように書き込みをする。 飲んで欲しいから、給与を貰ってるから、娘に嫌われたくないから。 患者が、泣けば私も泣いてしまう。私は実に弱い人間である。 人間関係はマニュアル化できない。だから10人十色の顔を使い分ける。 一緒に喜んだり、怒ったり、哀しんだり、楽しみを提案したり。 「薬は草冠に、楽である。」 「人生を楽に生きる為に薬を利用しましょう」 口癖になってさしまった。 こういった変わった薬剤師の私は、父が亡くなった時も 薬剤師として失恋した女性を励ましたり、サラリーマンの昼食のアドバイスをして悲しみを乗り越えてきた。 昨年、父親代わりの祖父も亡くなり家族との時間をより大切にしたいと思っていた。 今の会社には本部勤めの人間がいて、 いわゆる薬剤師でもなく、マニュアルを作ったり対人関係を、円滑にするために働いているそうだ。 だから、人間だからでしょ? 資格は無いらしいが? パソコンが得意な丸々さん、 人事の△さん。 事務教育係の□木さん。 給与担当✕沢さん。 他の数名太ったオヤジ軍団。どこから給与貰ってんの? 社長はかろうじて、薬剤師。 苦労しているイケメンである。糖尿病で内臓ボロボロらしい。 患者対応は、現場でこつこつやっていかなければ出来ない事である。 デスクワークやリモートでは出来ない。 患者との信頼関係の築き方マニュアルはないのだろか? 毎日何十人と本当に調子の悪い患者と信頼関係を少しずつ築いていっている最中です。 まだまだ、築けていない患者の方が多い中、 金儲けのために本部とやらはいちいちメールだけで命令してくる。会社だから、仕方ない。 しかしデブのハゲオヤジの名前も知らない本部の愚痴なんて聞きたくもない。 「責任とれもしないのに勝手な感情論を言うのは家だけにしてくれ。皆に、迷惑だ」 皆に迷惑をかけてきたのがいわゆるクレーム患者で、 イヤイヤ業務命令で管理職になった私は 「これ以上、ストレスになるなら責任を、取って辞めます」 「管理職を、下ろしてください」 「急に辞められたら、こっちも迷惑だ。」 「なら、1ヶ月後で辞めます」 「こうなってしまっては、引きとめはしないけれど」 で、保健所の課長と補佐二名で薬局へ あっ、この保健所の課長が見たことがある!! 長年、薬剤師をしてきたので病院時代は毎年監査に来る。 必ず役人は二名一組。 調剤薬局も何件も立ち上げているので、役人の顔も良く覚えている。 向こうもフルネームで、私と気がついているのであろうか? 電話口では、分からなかった。 「県の方にクレームが入って、立場上来ないと行けなくて 」 電話でもそう言っていたように思えた。 隣の本部の人事の△より、長く付き合いのある人だった。 私を良くも悪くも知る保健所の課長どの。 「今年から管轄が変わったので、挨拶周りもかねて」と笑顔で。 かつ 「あまり気にすることではない。人間同士だから。」 久しぶりに、涙が出た。悔しいと言うより 自分がストレスから逃げようとしていた羞恥からか? 本部の△が余計な話をしなければ五分の顔合わせだったのかもしれない。 今となっては、想像だが保健所の熱血課長は私を偵察に来たのであろうか? ひよっこが、泣いているのを見に来たのか? 以前の管理職から二年しかたっていないのに、管轄が移動って。 今になっては、気の引き締まる思いである。 本部の△は、ティッシュの一枚も取ってくれず、保健所職員が帰った後も私には一言も声をかけず帰っていった。 あれだけ人を罵倒しておいて。 私は自分だけが、正しいとは思っていない。 何度もそう言った。 録音でも冷静に対応したから録れているのに。 その日は、良く眠れなかった。 クレーム患者騒動は今に始まった訳ではない。 過去に何度も悩まされてきた。 これから、もいたちごっこである。 録音・録画・個人情報は保護しつつ。 久々の再会に驚いていたのは確かだ。 覚えているのは私だけかもしれない。 しかし以前の管轄の職歴があり、確かに私は以前も管理職だった。 患者ありきで働いてきたが、 患者側に付きすぎて仕事が出来ないと言われたことも多々ある。 皆平等にせっしていく。仕事だから。 研修薬剤師の認定証も得て、 これ以上勉強することが無いように昨今感じていた。 薬剤師とは?なんぞや?機械化が進み不要とも言われている。 娘のために、働かなきゃいけない。 娘にカッコつけたいから働かなきゃいけない。 稼がなきゃ食べていけない。 家のローンの支払がある。 ありがとうと言われて当たり前の仕事の奥の、毎日働いていく事の地道な行為。 たまの日曜日に、アプリを使って周囲に愚痴っても良いのではないか?と。 一気に書いてしまった。 老眼の入った更年期薬剤師の気の引き締まる夏の日のこと。 役人・役所には、気が緩むと直ぐに背筋が凍る訪問をされる。 また、一からやり直しです。 さあ、 明日からも、自分の勉強のために頑張りますか。 月曜日が始まります。 完
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