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※ ※ ※
告別式の朝、子供二人を連れた妻が品の良い紙袋を下げて会館へやって来た。
どうしたのかと聞くと、昨晩買ってきたのだと言う。
どう考えてもこの田舎で容易に手に入る物には見えない、きっと遠方まで車を走らせたのだろう。
「お父さん、昔このお酒を飲んでみたいって仰ってたの。だからどうしてもお棺に入れてあげたくて。燃える素材なら大丈夫なんですって、口元へ運んでもあげられるそうなのよ?」
こんな言葉が妻の口から出るだなんて、俺は想像すらしていなかった。
実家で共に暮らしていた頃、妻にはとても苦労をかけた。
慣れない育児や家事に加え、父と母にまで気を使わなくてはならない。
そのストレスで心も体も病ませつつも文句なく努めてくれていた事を俺は分かっていたからだ。
「でも・・・持ってくるのが遅過ぎましたね」
そう言って紙袋を後ろ手へ隠してしまいそうにするので、俺はさりげなく紙袋を受け取り、代わりに持ってあげた。
「そうなんだ、知らなかったよ。親父、凄く喜ぶと思う。ありがとう」
「・・・・・・もっと早く・・・持ってきてあげれば良かった」
唇を震わせる彼女に俺ができるのは、君は悪くない。何も悪くないんだ。と背中をさすってやる、そんな些末な事だ。
親父の葬儀が行われる会場はとても華やかである。
それは俺の想定を遥かに凌ぐ物で、祭壇にはお酒や果物が並び、名前を掲げた花々は会場の壁をぐるりと回っても有り余る程咲き誇り、来てくれた人々を歓迎しているようで――
『清五郎さんには感謝しかないよ――、話を聞いて飛んできたんだ』
『おぉ!君があの誠一くんか!!いやぁ確かに良く出来そうやわ!』
『君の事はよぉ知ってんで!清さん会うたんび君を自慢してたからなぁ――、懐かしいわ・・・清さんきっと喜んでる!間違いない!』
『もう、清さんの話聞けへんのやなぁ――。昔は朝まで飲み明かしたもんやで!?祭りの夜はよう肩貸してもうて家まで送ってもろたんやわ――。ホンマ、ええ人やったぁ・・・』
通夜から今日まで参列者は後を絶たず、この告別式も広いホールに収まりきらない人々が別室また受付前にて、備え付けられたモニターへ向かい手を合わせてくれている。
そんな中、俺は今一人マイクスタンドの前に立つ。
人生で、最初で最後の務め。
俺の今、目の前にあるものが親父だ。
これは、親父へ話せる最後の機会だったんだな。
最後は俺なのか・・・親父。
あぁ、最後にここに来られて良かった。
やっと会えたな、親父。
「本日はお忙しい中、父の葬儀告別式へ御参列頂き誠にありがとうございます。」
言いたい事は山ほどあるんだ。
「俺は、親父が嫌いです。それはもう顔も見たくないくらいに」
だけど、そんな時間は無いんだろ?
「だけど、それよりもずっと嫌いなものがあると言う事にこの数日で気づきました。
それは、自分です」
だから簡潔に言うよ。
「だから赦します、全てを」
親父と俺は同じなんだから、分かるだろ。
「そして取り戻します。大切なもの全てを」
ありがとう、親父。
これは俺が、かけがえのないものを拾える最後のチャンスだったんだな。
「そうして貴方とは違う最期を向かえたら」
これで最期だ。
じゃあな、親父。
「また、親父の息子になります」
また会おう。
終
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