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「やばっ、もうそんな時間?」
慌てて、私は秘書さんにお礼を言って飛び出した。
家までの距離が短いとはいえ、夜道を一人で歩くのは十分に危険だ。
私は足を早めて学校の敷地を出た。
夏とはいえ、もうすっかり暗くなっている道に少し怯んだ。街灯が不気味に光っており、蛾が集中している。
そんな不気味な道を歩き続けていると、黒の奥に、ぼうっと人影が見えた。
「え?」
目を凝らして輪郭を捉えると、それは長い髪にスカートを履いている。女性のようだ。
「なに?おばけ?」
震えた足で後ずさると、それはどんどんこっちへ近づいてきた。
「い、や」
手のひらに冷や汗が滲んでいる。
しかし、その姿がはっきりしてゆくに連れて、私の恐怖心は微かな怒りへと変わっていった。
その人影の正体は、小夜だった。
「まひろちゃん」
向かい合うように立って、可愛い顔を憂いに染めたその少女は、鈴の音のような声で語りかけてくる。
彼女の、ちゃんとした声を聞いたのは久しぶりだった。幼い頃から全く変わっていないその声が、その佇まいと相まって、余計に私の神経を逆撫でする。
「なんのよう?」
強く突き放すように言って、なにも見なかったことにしようと素通りする。
しかし、すれ違い様に腕を掴まれたせいで、それは叶わなかった。
「ちょっと、なにすんの?」
暗いせいで、小夜の表情はよく見えないが、彼女は私の右腕を、命綱のように強く掴んで離さない。
どれだけ腕を振り回しても、離す気配もない。その様子に、私はだんだんと狂気のようなものを感じ取った。
「や、やだ!なに、離せ!離してよ!」
「まひろちゃん」
喚く私とは対照にゾッとするくらい低い声で、彼女はもう一度名前を呼んだ。
「なに、よ」
すると、彼女はいきなり顔を上げて、洞穴のような目で私を凝視した。
「ねぇ、私とまひろちゃんは親友だよね?」
「…は?」
こいつ今、なんて言った?
親友?いつの話をしているのだ?
「何、言ってんの?」
「え?」
私は心内を精一杯に伝えるため、その場で大きく息を吸い込んだ。
「そんな訳ないでしょ?何勘違いしてんの馬鹿みたい!
あんたは公認のいじめられっ子で、私は学校が楽しいし人気者、これだけ違うんだよ?立場が!わかんないの?」
一気に喋り過ぎたせいで、呼吸が荒くなった。
それでも、前にたたずむ忌み少女を睨むのはやめなかった。
「じゃあ、違うって、こと…?」
小夜は震えた声で聞き返した。
「そう!でもあんたが悪いんだからね? あんたが、落ちぶれるから悪いんだ…」
最後に呟いた言葉は、自分の耳には届かなかった。
「分かった」
彼女はゆらゆらと揺れるように動き出した。
「バイバイ、まひろ」
そう言って、自分たちのマンションとは逆方向の道を走って行った。
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