姫騎士の目に映る野獣は子犬ですか?

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「新しい林檎スイーツの店を見つけたんだ。一緒に行こうぜ!」 今日もザックは、エミルを誘った。ザックは昨日のことを思い出すと『ふふっ』っと笑ってしまう程、楽しかったらしい。だが、エミルは放課後先生に呼び出されていた。 「今日は放課後先生に話があるって言われているんです」 エミルがそういうと、ザックは一瞬しゅんとしたが、すぐに笑顔になった。 「そりゃあ仕方ないな、また誘うよ」 ザックは、今日は一人で帰ることになった。エミルが先生に部活は何に入るかという話で呼ばれ、ザックが一緒に玄関に行こうと誘おうとしたときにはいなかった。 ザックが一人で靴箱に向かうと、靴箱の中に、何やら手紙のようなものが入っているのを見つける。 「なんだこれ・・・エミル!?」 話したいことがあるんだ。 イーストの森の中で、待ってるよ。エミル という手紙を見て、ザックは驚いた。林檎スイーツの店もその近くだったのだ。 「エミルから誘ってくれるなんて初めてだ!」 ザックは一瞬喜んだが、イーストの森は最近狂暴なウルフが出現したと聞く。 転校生だから、エミルは知らないんだ!ザックは、走ってイーストの森へと向かった。 イーストの森は、町のはずれある森である。珍しいキノコや、木のみが手に入る場所であるが、たまに危険なモンスターが出現するからと、軽い気持ちで立ち寄ると危険な場所だった。 「エミルは、どこだろう。ここは危険だと聞いたことがある。早く一緒に出ないと」 ザックは、ずんずん森に入っていく。 「エミル!!エミルー!」 返事はなく、それどころか森はやけに静かにザックをじっと見つめていた。 「部活はまだ決まっていません」 エミルはとりあえずザックと同じ部活に入ろうと思ったが、ザックの部活が何かわからなかったから保留にしておいた。 廊下を歩いている途中、ザックという声が聞こえてエミルは足を止めた。 「ザックもヤツ、イーストの森に向かったみたいだ。あそこ最近ウルフが何匹か出たらしいぜ」 「馬鹿だよな。エミルって書いたら疑いもせず走っていったぞ。よっぽど転校生に話しかけてもらってうれしかったんだな」 「ずっと目障りだったんだよな、あんな目つき悪い顔してるくせに正義の味方である勇者を目指そうとしてんじゃねえよ」 「自分のビジュアル考えろよって話だよな。アイツ俺より成績いいんだよ、腹立つぜ」 エミルは、ザックの笑顔を思い出して拳を握りしめた。 「おい」 エミルは、ザックの話をしていた男子高生たちの前に現れた。エミルには勇者候補とされている優秀な兄がいた。彼が庭で特訓しているのに付き合ったり、一緒に筋トレをしたり、体術の手合わせをしたりしていたのだった。そしてその特訓の成果は、兄意外に決してふるうことはしなかったが、この時ばかりは違った。 手をぽきぽきとならしながら、エミルは鬼のような形相で言った。 「その話詳しく聞かせろ」 *** 「ザック!!」 全速力で馬車を走らせ、森に到着したエミルは剣を持ち森を駆け回った。 「ザック!ザックどこだ!」 「今、エミルの声が聞こえたような」 ザックがぽつりと呟くと、枝がぱきっと折れる音がした。 背後に気配がしてゆっくりと振り返ると、そこには、最近噂されていた銀色の毛並みを逆立てたウルフが、4匹こっちをじっと見つめていた。 「嘘だろ・・・」 ザックは授業以外で一度も使ったことのない腰の剣を手に取った。 エミルはザックの名を呼びながら走っていた。 ザックは、もう森から出たのか?そうだったらどれだけいいか。何度呼んでも返事がない。 「うっ・・・」 「ザック!」 エミルがザックを見つけた時には、背中と腕から血を流しうずくまっていた。 近くにウルフが3匹倒れている。 「ザック!大丈夫か」 ウルフは1匹その場にいなかった。 木の陰に隠れて3匹とザックの戦いを見終わった後、最後に弱ったザックにとどめを刺そうとしていたのだ。 ザックに近づいたエミルに、左の茂みに隠れていたウルフがとびかかった! だが、エミルはザックの血を見て怒りに血が上り、剣を一振りしウルフを一瞬で一掃した。 べしゃっと地面に落ちているウルフを見ることもなく、エミルはザックの近くにしゃがんだ。 「ザック!」 ザックは気絶していて目を覚まさない。 ザックを抱き起したエミルに、ザックは微かに目を開いた。 「エミル・・・?」 「ザック・・・よかった、ザック」 だが、次の瞬間ザックは大きく目を見開いた。 「ダメだ!エミル。後1匹オオカミが・・・」 ザックが無理やり自分で起き上がろうとするのを、エミルは抱きしめて制止した。 「大丈夫だ、大丈夫だザック。オオカミは・・・さっきハンターの人が通りかかって倒してくれたよ」 そういうと、ザックはふっと安心したように体から力を抜いた。 「そうか・・・エミル、無事だったんだな。よかった」 「よかった…ザック、すぐに手当するぞ。背負うから背中に乗れ」 「エミル・・・?」 エミルは、はっとした。つい素が出てしまった。どうしよう、そう思ったがザックはエミルの心配とは対照的ににこりと微笑んだ。 「ついにため口で話してくれるようになったんだな」 「え?」 「嬉しいぜ、ずっと俺ばっかりため口だったからよ。エミルが俺に心を開いてくれたってすごく実感するぜ。エミルが無事で本当によかった。本当によかった」 ザックは、ボロボロになりながらも自分のことを気遣い、笑っている。 エミルは、生まれて初めて自分を損得勘定なく大切にしてくれたザックにガラにもなく涙がでそうになった。 「馬鹿だなあ、ザックは」 ザックはエミルから手紙をもらったらしいのに、エミルがこの森に呼び出したことより、エミルがウルフに襲われなかったことに心底安堵している。 エミルは、ふっと微笑んでザックの頬に触れた。 「無事でよかった、はこっちの台詞よ」 エミルの瞳には、友愛とは少し違うザックに対しての感情が宿っていた。
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