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迎えに来たよ
今日は、一日中太陽が昇らない日。僕らの小さな村では、太陽が出てこなくて、月がずっと空にいるから、「蘇り」と呼ばれている日だ。
この日は、死んでしまった先祖たちが自分の墓に帰ってくると言い伝えられており、僕達は夜中に先祖代々のお墓に出かけて、花火や食べ物を食べたりする。つまり、死んでしまった先祖たちと一緒に楽しむ時間である。
だけど…
「ちょっと、光太行かないのー?」
「いやだ、いかない!」
僕は布団に蹲り、抵抗をする。それを見かねた母さんが、分かりやすく大きなため息を吐き出す。
「光太、みんな待ってるよ?早くお墓に行ってお参りしなくちゃ…」
「いやだ!いかないったらいかない!」
この状態がどれぐらい続いただろうか。時計の針は、午後8時を指している。他の家族は、そそくさと夜中に出かける準備をしている。
「光太…早く行こうってば!」
「やだやだやだやだ!」
僕は足をバタバタと威嚇する。その行為に腹を立てたのか、母さんは頭から蒸気を出し、
「もういい!光太はもう家で1人でお留守番ね!」
「え………いや、それでいい!」
1人でお留守番と戸惑ったが、最後は僕の思惑通りだ。
「早く行こうよ母さん。光太なんかほっといてさ。」
「本当に行くからね!家から出ないでよ!」
「…ん。」
布団のせいで視界が閉ざされているが、ガチャと家のドアが開閉したのがわかった。それを見計らって、僕は布団を抜け出す。チクタクと、無機質な時計の針の音だけが響いていた。
なぜ僕が先祖たちの墓に行きたくないのか説明しよう。それは、単なる怖いとかだからじゃない。
父さんが原因だ。
何ヶ月か前、僕と父さんはちょっとした事で喧嘩をしてしまった。その喧嘩が大きく発展し、僕は初めて家を飛び出した。本当に初めてだった。そんな、初めて飛び出した僕に驚き、父も僕の後を追いかけてきたという。そこで、焦りすぎて回りをよく見ておらず、飲酒運転に巻き込まれて死んでしまった。そこから、僕はどうしたらいいのか分からない。謝ることも出来なければ、言い合うことも出来ない。そんな僕は、父さんと会う資格なんかないんだ。だから、お墓に行けなかった。せっかくの4年に一度の蘇り。今日ぐらい無駄にしてしまってもいいだろう。
母さんが怒って消した電気をもう一度つける。当たりが急に明るくなる。この部屋には、僕の呼吸音と、チクタクとなる時計しかない。なんだか悲しくなって、ソファーに倒れ込む。すると、
ガチャ 玄関のドアが開いた。何か忘れ物をしたのだろうか。
「何忘れたの?」
聞いても返事が帰ってこない。不審に思った僕は、護身用のテレビのリモコンをもって、玄関に少しずつ近づく。
「ガシャン!」
音がした方を見ると……
久しぶりに見た父がいた。
「工エエェェェェエエ工!??!」
びっくりしすぎて「えー」以外の音が出なくなった口を紡ぐ。すると父は、
「久しぶり。ちょっと、コーヒーついでよ。」
……いつもの父だった。 僕は、怖くてなんだか嬉しくて、悲しくて、父の命日のことを思い出した。すると、なぜだか分からないが涙がポロポロと溢れる。それを見た父が、顔色を変え、キッチンの方へ急ぎ足で向かった。キッチンからは、ゴトンゴトンと大きな音が鳴っている。
すると5分後、父が僕の方にトコトコと近づいてくる。
「…光太が、好きなやつ。」
そう言って恐る恐る差し出してきたのは、父がよく作ってくれた、バターココアだった。上にココアパウダーが乗っている。正真正銘父のココアだ。
それを受け取ると、父の顔を視界に入れながら、コクリと一飲み。
「…美味しい、」
いつもと変わらない父の味だった。きっと、この人は僕の父さんなのだろう。
「よかった。」
……会話が途切れる。どうにかして話をつなごうとすると、父が口を開けた。
「ちょっと、話しようか。」
僕は今、本当にどうしたらいいのか分からない。4人用のソファーに、子供1人と大人1人、向かい合って座っている。しかも、その大人はもう死んだはずの父である。どう対応したらいいかも分からない。てか、なんで死んでる奴がここにいるんだよ。冷や汗がひたりと流れていく。なにか嫌気がさしてきた。すると、父さんが
「急に来てごめん」
ホントそうだよ。急すぎんだよ。なんでだよ。
「…父さんはなんでここにいるの?」
「えーっと、蘇りでここに来た。一応。」
「……母さんとか、姉ちゃんとか、お墓に行ってたけどこっち来ちゃったの?」
「…間違えちゃった( ´•౪•`)」
何がてへだよ。家来るぐらいだったら、墓に行ったれよ。おい、生きてる頃と全然変わってねえな。
「…でも、僕は死んだ父さんのこと見えてる。不思議。」
そうだ。蘇りにきた先祖たちを見ることができるのは、霊感がある人と、同じ死んでしまった人だと言う。うちの家族も、よく幽霊などを見ると聞くので、うちの家系は代々霊感が強いのだろう。
「……そうか?不思議か?当たり前じゃないのか?」
「そんなにいないよ。見える人なんて。」
僕はチラリと時計に目をやる。8時半。別に時間なんて気にしたってどーでもいいが、早く母さん達にこの状況を助けて欲しい。
「……なんで父さんはここに来たの?理由があるんじゃないの?」
そういうと、父さんの顔がピタリと止まる。マイペースな父さんとは思えない動作だ。
「……お前と、話に来た。」
父が、僕の目を見ながら口を開ける。その瞬間僕は、ゾクリと鳥肌が浮き立っていく。その鳥肌がそそくさと去っていくとき、僕は定まらない目を父に向け
「…怒ってる?」
と一言。きっと父は、あの日の喧嘩の事が言いたいのだろう。
「…あれは、確かにお前も悪いし、俺も悪い。だから謝りに来た。」
「お父さんは僕のせいで死んだのに、謝る意味なんてないよ。」
その時、父の顔が歪む。僕は、今まで言えなかった事を父に言う。
「僕、本当に…ご、ごめんなさい。」
僕は、どうにか許して欲しいと思い、頭を深々と下げる。机にゴツンとおでこがぶつかる。
「…顔をあげなさい。」
ゆっくりと顔を上げると、父が抱きついてきた。凄い、人間みたい。この感触。生暖かい。
「俺も、本当にごめんな…俺のせいで、お前が死んでいってしまった。」
きっと、これは父が死んだことにより、僕の心も死んだという比喩表現なのだろう。そんなこと、謝らなくていいのに。
僕は無言で父の背中に手を回す。すると、父が強く僕を抱きしめる。2人、それぞれの肩に顔を合わせて泣いた。時刻は、9時を回り出した。
チクタク…… 2人の涙が引っ込み、それぞれ談笑している。死後の世界で起こったこととか、母さんの失敗談まで…なかなか家族は帰ってこないので、2人でずっと話していた。時々、笑い混じりの涙を流した。それぐらい、父と会話をすることが楽しかった。
「あ、それでね!母さ「ゴォーン」
僕と父は、同じタイミングで壁掛け時計を見つめる。10時を表す独特な低い音の鐘が鳴る。
「……父さん、そろそろ帰る。」
その時計を見つめながら、父が言い放った。僕はその時、帰って欲しくなかった。
「やだ!僕も一緒に行く!」
ちょっとした子供の戯言。すると、父がものすごい勢いで、こちらを振り向く。何をするのか、少し怯んでしまった僕は体を構える。すると、
「その言葉を待っていた。」
と、ニヤリと笑う父の顔。
「は?」
「お前はいつまで経っても死後の世界に来ないから、わざわざ迎えに来てやったんだぞ?」
え、意味わかんない。死後の世界にいかない?僕は、死んでた?いや、生きてる。生きて……
「お前、覚えてないのか?俺が死にそうになったところ、お前が俺の事押し出して、お前がトラックに引かれたんだぞ。まぁ、俺も引かれたんだけど。」
「意味分かんない……僕は、しんでない。生きてる!!」
「そんな大声で叫ぶなって。誰にも気づかれないけどよ。」
「え?」
「今から家の外に出て、大声で助けを呼んでみろ。それが、今のお前だ。」
僕はその言葉を聞いて、家の外に飛びでる。今はともかく、僕は生きているという確証が欲しかった。
「たすけて!ねぇ!たすけて!」
家の前で叫んでも、誰もここに来ない。
「ねぇ…たすけてよ…」
僕は思わず座り込む。すると、家から父がのそのそと出てくる。
「俺は、お前と話し合って、成仏させようとしてんだよ。早く行くぞ。」
「……ぼ、くは、死んで、るの?」
溢れ出した涙と嗚咽で、上手く会話ができない。
「…ああ。死んでいるさ。その証拠に、お前は俺の事を見れている。死んでるから見れてるんだ。」
霊感じゃあ、なかったのか。と1人納得する。
「…早く行くぞ」
そう言って、父が僕の腕を掴んで進もうとする。どこに行くのかも分からないが、きっとこのまま蘇りと一緒に死後の世界に行くのだと察した。
「いやだ!まだ、生き、たい!」
僕は必死に抵抗する。頬を流れてく涙を擦り、父の腕に噛み付く。
「いた!」
父の叫びが聞こえる。
「はなして!痛いから!ねぇ!」
父が騒ぎだす。そんなこと知らない。すると、ブルンと振り払われてしまった。
「俺とお前は死んでるんだ!もう行かなくちゃ、誰にも気づかれないまま過ごすのか?!」
父が怒鳴る。その声が、僕の頭に突き刺さる。
「まだ、ここで、死んでても、僕は、過ごし、たい。」
泣き跡が目立つであろう僕の目は父の目をしっかりと捉えながら訴える。
数十秒ぐらい、2人で睨み合う光景が続いた。だが、先に口を開いたのは父だ。
「…絶対に後悔するぞ。死んだやつは、もう生きてる奴と隣で歩けない。」
「……僕は、まだ、この世界、に未練が、ある。だから、成仏して、ないんだ。」
「死んだ体で何ができる!?」
父の圧に耐えきれなくなり、僕はまた泣き出す。
「…もういい。帰ろう。一緒に。」
そういうと、父は手を差し伸べてくる。
僕はそれを見て、また泣くことしか出来なかった。
トコトコトコ…
「あら、光太何して…」
「お父さん!!!?!」
母さんたちが帰ってきた。姉ちゃんや母さん達は、父さんを見てびっくりしてる。手に持っていたバケツをストンと落とした。カラカラと音が広がる。
ん?父さんを見て…びっくりしてる?父さん、を見て?
あれ?母さん達は
父さんがなんで見えるの?
父さんが口を開ける。
「…悦子、明美、光太、みんな、久しぶり。」
「迎えに来たよ。」
誰でも死ななくちゃいけない。 でも私はいつも自分は例外だと信じていた。 なのに、なんてこった
ウィリアム・サローヤン
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