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第四章 碧落
今後については親ときちんと話をすること、そして二度とこんな真似はしないことを約束させた。
「連絡します」
必ずどうなったかだけは報告するようにと携帯の番号を渡して別れた。その日から二週間、何の音沙汰もない。成人もしていない高校生の子どもだ仕方ない、そう思い始めた時に知らない番号から着信があった。
「すみません、公衆電話からかけたら着信出来ないと」
そう言えば非表示の番号からの着信は受けないように設定していたのだと思い出した。
「かけ直すよ。この番号であっているのか?」
「あ、これは父の携帯です。なるべく早く連絡したかったのですが、自分の携帯は番号を変えて買い直すことになって。まだ新しい携帯が届いていなくて」
呼吸が一瞬止まる。どこまで話したのだろうか、自分の名前が碧人に伝わってしまっていないだろうか。
「自宅なのか?」
「いえ、父が都合をつけて来てくれて。あの、その……いろいろとありがとうございました」
不整脈を起こしたように心臓の動きがおかしい何かがコントロールできていない。この電話の先、すぐそこに碧人がいる。
「悪い、出かけなければいけないから切る。きちんと話ができたのならそれでいい」
慌てて通話を終えると、画面に残る番号を眺めて携帯をそっと床に降ろした。その瞬間、携帯の画面が明るくなった、着信を知らせる灯りに心臓が強くつかまれたように痛む。液晶に表示された羽山という名前に御園は大きく安堵の息をついた。
「はい」
『御園か?最近顔を見せないとあいつが心配しているのだが』
誰がと聞くまでもない、分かり切ったことだ。羽山のそばにいて御園の存在を知っているのは一人しかいない。
「桜井か?羽山も心配してくれているのか」
『そりゃ友だちだから、もちろん気にしているよ』
「で、何かあったのか?」
『いや、その。うん、飯を食いに来ないか?』
「え?今日?」
『土曜だし暇だろう。まあ、他に用事があるのなら断ってくれて構わない』
「いくよ、お察しの通り予定もない」
軽く身支度を済ませ、桜井と羽山の住むマンションへと向かった。
「お久しぶりです、御園さん」
桜井のマンションに行くと、入り口のホール付近に桜井が立っていた。丁度ワインを買いに行くところなので付き合えという。
「なに?俺の事を心配してくれていたって?」
「羽山さんが心配していたのですよ。ここ暫く御園の様子がおかしいと毎日聞かされましたからね。羽山さんの口から他の男の名前が出るのは嬉しくないですからね。心配の種を取り除いて頂きたくて今日はお呼びしました」
「は?妬いてるの?誰が?馬鹿だな。羽山にあれだけ惚れられていて?何が不安なんだか」
「御園さんは、どうですか?」
「どうって?」
「まだ羽山さんのことが気になりますか?」
「何を言い出すんだ。礼を言われることはあれ、文句を言われる筋合いはない」
「文句ではありません、羽山さんがあなたのことを気にするのが面白くないだけです。そして御園さんは何らかの感情はありますよね、分かりますそのくらいは」
「羽山もほとほと面倒なやつに惚れられたもんだ、こんな疑り深い男だとは」
「不安の種は全て取り除いておきたいのです」
「俺の心配をしてくれていたのじゃないのか?」
「心配してましたよ、あまりにも羽山さんが気にするので」
「はいはい、羽山に元気ですって言えば良いんだな。こんな面倒くさい男のどこがいいんだか理解できないな」
「さあ?恋愛なんてそんなものじゃないですか?ひと様には理解してもらわなくても結構です。ただあなたの心配をベッドの中でされた日には、もういっそのこと夜中に呼び出そうかと思ったくらいですが」
「相変わらずの溺愛ぶりだな。本当にお似合いだよ、毎回惚気られている俺の気持も考えろよ」
「では、とっとと誰か見つけて私たちの前で惚気て下さい。そうすれば私にも平安が訪れますから」
「できたらとっくにそうしているさ。こればかりは相手があることだからな。で?今日は何食わしてくれるの?酒くらい俺が払うよ。そして今日は俺の惚気じゃなくて愚痴でも聞いてもらおうかな」
「それで羽山さんが安心するのなら」
適当に酒屋の店主に見繕ってもらったワインと日本酒を手土産として桜井のマンションに戻った。目の前で行われる羽山と桜井二人のやり取りを見て御園は考えていた。人は独りでは生きていけないと。誰かに必要とされたいと、誰かを必要だと思いたいと。
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