第四章 碧落

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 朝目を覚ますとベッドボードの上方、壁のルームランプのところに張られた蜘蛛の巣がいつも最初に目に入る。ああ、掃除をしなくてはと考える。それなのにベッドから起き上がるとその事を忘れてしまう。  そして夜ベッドに横になるとき、また蜘蛛の巣が目に入る。この繰り返しだ。  目を開けると今日もまた最初に目につくのは蜘蛛の巣だろうと寝ぼけた頭で考えていた。  「おはよう」  耳の中で誰かの声がこだました。目を開けるとそこには蜘蛛の巣ではなく、白い壁とシルバーのフレームに収められた絵画が見えた。  「ああ、そうか、おはよう。昨日はここで眠ってしまったのか」  「コーヒー?」  「もらうよ、ありがとう。しかし、でかいソファだな二人は余裕で眠れそうだな」  「ん?ああ」  羽山が赤面した、それを見て余計なことを聞いたとバツが悪くなる。友人の床事情など知りたくは無い。  「おはようございます御園さん、そろそろ帰ってもらえませんか?」  「桜井!」  「面白くないです、昨日の夜から羽山さんは御園さんの心配ばかり」  拗ねる三十路男など可愛くもないが、羽山はそんな桜井を愛おしそうな瞳で見つめる。  「これ以上当てられたら胸焼けが酷くなるからこれを飲んだらお暇するよ」  「御園、携帯鳴っているぞ」  画面には登録していない番号が表示されている。昨日の番号なのか?だとしたら。  「出ないのですか?」  「後でかけ直すよ」  携帯はすぐに静かになった。そして次にメッセージがぽんと画面に浮き上がる。『また連絡しても良いですか?』じっとその画面を見つめていたら桜井がひょいと覗き込んできた。  「ああ、そりゃここでは出られないですよね。羽山さん、御園さんの心配はいらないようですよ」  にやりと笑う桜井に向い、そんな相手ではないよとやんわり否定した。  「ん?昨日の……あおさんって人じゃないんですか?」  「は?」  酔って余計なことを口走ってしまったかもしれないと御園は昨晩の記憶を慌てて手繰り寄せた。  桜井と羽山に何を言ったのだろうと考えたが何も思い出せなかった。昨日のあの電話の後だ、何か余計なことを酒の勢いで話したのだろうか。しかし、今まで一度も酒を飲んで記憶をなくすことはなかった、よほど酷い飲み方をしたのだろうかと不安になる。  「俺が何か話したのか?」  「あお……って」  「御園、寝言だったよ。桜井もあまり年上をからかうものじゃない」  「羽山さん、違いますよ。本当に切なそうな声だっておっしゃっていたじゃないですか。私はただ御園さんが元気になって羽山さんが私のことだけを考えてくれればいいと思っているだけです」    ぶれない桜井の羽山至上主義につい笑いがこぼれた。  「そうか寝言か」  何の夢を見たのか覚えてはいないが、高校生のころの夢だったのだろうか。昔を思うと青臭い片思いだったとしか言えない。「帰るよ」と羽山に声をかけた。御園のその表情をのぞき込むように羽山がみていた。  「桜井、御園を家まで送って行ってくれないか?」  タクシーを拾うからと羽山からの申し出を断った。これ以上、桜井に妬かれるのも面倒なのだ。そしてなるべく早く一人になりたかった。  このところ妙に昔の古傷が痛む。何かの前触れだとしたら?ありもしない可能性に心臓がリズムを崩した。
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