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自宅に戻り部屋の鍵を開ける、一日いなかったその部屋はがらんとしていて何故か人が生活している空間には思えなかった。
「羽山のマンションより少し古いだけなのになあ」
独り言はだれもいない部屋の埃っぽいカーテンに吸い込まれて行った。携帯を取り出すと、先ほど着信していた番号を呼び出す。碧人にもう一度つながるかもしれないその番号を。
『はい、御園さんですか?』
「ああ、連絡ありがとう。どうかしたのか?」
『いえ、この番号が僕の番号です』
「そうか」
『あの、また会ってもらえますか?』
「会うって?」
『父はもういませんがよろしければ、食事に付き合っていただけませんか』
碧人の息子と会うことが果たして正解なのかどうかわからなかった。けれどもこの週末を一人で過ごすより誰かと食事をするという選択肢を与えられたのがありがたかった。
「飯か?まあ、それくらいなら奢るよ」
『そうではなくて、実は父が魚と野菜をたくさんもってきてくれて。良かったら一緒に食べてもらえませんか?』
「友達とでも食えよ」
『父にも友達と食べるようには言われました。けれども田舎から送られてきた野菜や魚を喜んで食べてくれる友人は僕にはいません』
確かに都会の高校生が魚をもらって喜ぶとは思えない。島とは違う価値観に自然と背伸びをして付き合っているのだろう。高校生の時の自分の姿と重なる。無理に大人びた体を装っていた日々。高校の友人とは少し距離を置き貴重な学生生活を無為に過ごしてしまった。人と違うことが認められず苦しんでいた。大学生になり堂々と自分の恋愛対象が男性だと公言し初めて自由になったのだ。
「そうかありがたく頂くよ」
『御園さん、高校の場所覚えていらっしゃいますよね。あの近くに住んでいます』
「支度をして出るから、一時間くらいかかると思うが」
『では、一時間後に校門のところで待っています』
電話を切ると浴室へと向かう。御園は軽くシャワーを浴びるとクリーニング店から引き取ってきたばかりのシャツに手を通した。
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