第十章 木藍

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第十章 木藍

  月曜日は憂鬱だ。週末は気がついたら終わっていた。休んだ気分には慣れなかった。いつもの憂鬱な月曜日に更に自分が鬱々としている。何をしていたのかもよく覚えていない。ただ自分が高校生の一言一句に振り回されているという事実だけは理解した。  なぜあんなに傷ついた顔をした。  どう言えば、どうすれば良かった。     思考は堂々巡りで振り出しに戻ってくる。もっと早くに手放すべきだったのだ。そばにいて欲しいとどこかで思ってしまったのは寂しさからだったのだろう。単なる寂しさを埋める相手に選んではいけない子どもを巻き込んでしまっただけだ。  いつもより仕事のペースが上がらない。昼休みに入りオフィスにはほとんど人が残っていなかった。だらだらと仕事を続ける御園を残して。清掃業者がデスクの下のゴミ箱の中身を集めていた。ブルーグレーの制服を着た男が御園のデスクの横のゴミ箱に手を伸ばしてきたと思った。けれどもその男はゴミ箱ではなく御園の手首に手を乗せた。思いもかけないことにぎょっとする。  「え?」  「また会えましたね」  「君は……」  「今日の夜、会社の前で待っています」  定刻に玄関ホールへと急ぐ。仕事は終わってはいなかったが、気になっていることがあると落ち着かない。ドアを出たその目の前のガードレールに腰掛けていたのは金曜日の夜にあった青年だった。  「脅そうと思っているのなら無駄だよ。俺の恋愛対象が男性なのはみんな知っている」  にっと笑ったその男はおいでおいでと手招きをした。  「別に脅そうなんて思っていませんよ。以前から気になっていたんです。あの時、会えたのは運命だと思いましたよ」  「運命?冗談じゃない、たまたまだ」  「それを人は運命って呼ぶのですよ。改めまして鈴木絆(すずききずな)といいます」  会社から出てきた他の社員がちらちらとこちらを見ている。こんなところで話すべきではない。場所を変えるべきだ。  「とりあえず、この前のバーで。後小一時間ほどかかるが、必ず行く」  待ってますねと鈴木は手をひらひらと降って夜の街に溶けていった。
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