第十章 木藍

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 部屋に入ると大きく息を吐く。大人と言われる年齢になってから重ねた年月がこんなにも薄っぺらいとは思わなかった。 「何やってんだ俺」  誰も答えてくれない部屋でその言葉は存外大きく響いた。手放したい相手だったはずだ。そうだとしたらこれは好機なのだ。日曜、ここに来た時に他に相手が出来たからと伝えて。  いや、そもそもそんな理由がないと切れないと思っていること自体がおかしい。  思考は何度も同じ道を辿り、いつの間にか抜けられない無限ループにはまっている。  日曜日の朝、頭と体に残ったワインを流そうと少し熱めのシャワーを浴びた。何もかもが面倒で、仕方ない。腰にバスタオルを巻いたままリビングに戻ると、そこには昨日の過ぎたアルコールの原因が笑っていた。 「髪を乾かせ!雫が落ちるだろうって言われましたね。今日は足跡までついてきてますよ?」  「碧稀?」  「はい、他に誰か来る予定でしたか?」  「いや」  「もうすぐお昼ですよ。今日は会いに来るついでに掃除しにきました」  「あ、ああ」  「ところで、僕成人しました」  「は?」  成人は二十歳でなく、確かに法的には十八歳だと御園は思い出した。この年齢からは自分でその将来を決めることが出来るのだ。    「だから何だって話ですよね。でもやっぱりちゃんと見て欲しくて。この前はすみませんでした」  「誕生日、いつだったんだ?」  「え、それ今聞きます?えっと、先週の土曜日でした」  バイトのシフトが変わったと朝早くに来たあの日が碧稀の誕生日だったと知る。思わず小さなうなり声が出てしまう。事前に何も言わずに突然来て、誕生日です、一緒に過ごして欲しいですと伝えるつもりだったという。でも大失敗でしたと笑う。あまりにもあっけらかんと笑うので、昨日の夜のうじうじとした自分が情けなくなってきた。  「何か欲しいものはあるのか?」  おめでとうと言うべきだと分かっていた。けれども先週の土曜日の朝のことを思うとどうしても素直に言えない自分がいた。  「うーん、考えておきます。欲しいものか……」  碧稀はそれ以上は何も言わず、何も問わずなかった。御園をバスルームへと追い戻しシャワー上がりの御園が作った小さな床のシミをきれいに拭き上げ始めた。   
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