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「また来週来ます」とだけ言い残して碧稀は帰っていった。狐につままれたような表情の御園を残して。
直ぐに携帯にメッセージが来た。『御園さんの誕生日はいつですか、一緒にお祝いできますか』それだけ書かれていた。
誕生日などここ数年祝ったこともなければ、誕生日に何をするなどと考えたことも無かった。
たまたま祝日に生まれたので誕生日には仕事が休みであることが何よりの自分への贈り物だと思ってはいたが。
けれどもそのメッセージを読んだ時に温かい感情が熱を持ち、体の中に広がっていくのを感じた。
なぜか追いかけなくてはいけない気がして、慌てて碧稀の後を追う。
まだ五分も経っていない。急げは追いつくかもしれないと。ようやく自分がどうしたいのか、ぼんやりだがその形が見えてきた。
マンションの外に駆け出したが、そこにはもう碧稀の姿はなかった。
辺りを見回し、あまりにも青臭い自分の行動に笑いが出た。
ポケットから携帯を取り出すと、次の週末にはゆっくり食事でもしようとメールの返信をした。
月曜日、火曜日と時はただ淡々と流れていく。
この繰り返しの中に仕事のやりがいを見つけて楽しんでいた時期もあった。
自分がいなければ回らない世界。世界そのものを回している、中心に立っている。
そんな気がしていた時期もあった。
歳を重ねる毎に小手先でかわせる事が増え、深く考えなくても全てを回せるようになった。
楽になった分、熱も冷めてきてしまった。
穏やかな日々に少しのスパイス、それでこの先十分なはずだった。
誰かをどろどろに甘やかして、その中で自分も溶けていく。
そんな恋愛にももう憧れないはずだったのに。
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